「呪いですね」文学の恐ろしさを感じた『百年の孤独』が突きつける現実の世界 池澤夏樹と星野智幸が語る【第6回】
池澤 マジックリアリズムを考えるときには「辺境」という言葉が1つ鍵になるような気もしますね。 星野 辺境であるという認識が必要でしょうね。だとすると、辺境が消えつつある世界でマジックリアリズム的な表現は今後どうなるのでしょうか。今は便利な世の中なのでGoogleマップでどこでも調べられてしまいます。実は今回読み直しながら、舞台となったアラカタカやその周辺を覗いてみたんですが、全部克明に見えてしまうから驚きました。ホセ・アルカディオが海を求めてさまよったであろう地域から、湿地帯や山脈、海岸まで。あの土地の地理が簡単に確認できて、マルケスがいかに実際の土地を忠実に描いたのかがわかりました。 池澤 Google化された世界でマジックリアリズムは可能なのか。 星野 そうですね。ただ一方で、世界のあちこちに、強権的独裁的な力が猛威をふるいつつあるなかで見えなくさせられている場所がたくさん生まれているのも事実です。ウイグル自治区やガザなんかはまさにそうですよね。ある種の力で社会から締め出された地域が世界中で広がっている現在、言葉で自分はここにいることを示す動きは絶対に起きると思います。それが文学というかたちをとるのか、小説ではない言葉で表現されるのかはわかりませんが、マジックリアリズムはそのときにヒントになるかもしれません。 池澤 さっき言ったようにマジックリアリズムはトポスが出発点にあるから、自分のいる場所、関わりのある場所をトポスだと認めるところから書き始める作家が今後、そういった地域から出てくるかもしれませんね。その方が弾圧と革命に伴う混乱を書くのに適していると気づいた人が筆をとるようになるでしょう。 星野 今は書くこと自体が抑圧されていたり、そこで生きている人たちが外に出られなかったりする状況が続いていますが、いつか言葉が外の世界に届く日が来るだろうと思います。今の世界の人たちがガルシア=マルケスの小説をどんな気持ちで読むのか気になります。日本でも『百年の孤独』がこうして文庫になるので、読んでいなかった人はもちろん、再読の人も手に取ってくれるといいですね。 池澤 夢中になって読み耽って、自分もこれで書いてみようと思い立つんだけど、やっぱりダメだと感じてしまう。そういう経験をする人が増える分だけ、日本の文芸は豊かになりますよ。 (全6回の一覧はこちら) *** 池澤夏樹 作家。1945年北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。東京、ギリシャ、沖縄、フランス、札幌を経て、2024年5月現在安曇野在住。主著『スティル・ライフ』『母なる自然のおっぱい』『マシアス・ギリの失脚』『楽しい終末』『静かな大地』『花を運ぶ妹』『砂浜に坐り込んだ船』『ワカタケル』など。「池澤夏樹個人編集 世界文学全集」「同 日本文学全集」を編纂。 星野智幸 作家。1965年ロサンゼルス生まれ。早大卒業後、新聞社勤務を経てメキシコに留学。1997年『最後の吐息』で文藝賞受賞。主著『目覚めよと人魚は歌う』『ファンタジスタ』『俺俺』『夜は終わらない』『焔』など。 [文]新潮社 1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。 協力:新潮社 新潮社 新潮 Book Bang編集部 新潮社
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