「呪いですね」文学の恐ろしさを感じた『百年の孤独』が突きつける現実の世界 池澤夏樹と星野智幸が語る【第6回】
星野 どうしてあんな意味のない侵攻を独裁者たちはするのか。そのことを考えるためにたくさんの人に『百年の孤独』や『族長の秋』を読んでもらいたいと思います。読んだからといって何かを解明できるわけではありません。でも、何かがわかった感触は得られると思う。ウルスラが「時は少しも流れず、ただ堂々めぐりをしているだけ」と言ったことの意味もきっとわかるはずです。 池澤 世界の未来を預言しようとか、そういうつもりでガルシア=マルケスが書いたわけではない。彼のなかにあったものを書いてみたらあとから世界がついてきたと、そういうことでしょう。だから彼のなかにあったものは世界の種とか人間の種とか、それくらい根源的なものだったのかもしれない。そして、その根源的な種は、神話でも宗教でもなく、物語に育つたぐいのものだったわけですね。 星野 なんだかあまりにも僕たちの目の前にある現実を感じすぎてしまい、逆に呪いをかけられてしまったような気持ちになりましたね。文学はおそろしいと思いました。 池澤 ラテンの呪いですね(笑)。 星野 今、ベルナルド・アチャガの『オババコアック』を読み直しているところなんですが、あの作品にも『百年の孤独』から世界の後続の作家たちが受けたであろう影響を感じました。アチャガはバスク語で書くスペインのバスク地方の作家で、『オババコアック』はそんな彼が一九八八年に発表した小説です。バスク語での近代小説を確立させた作品でした。バスクの世界をその土地の言語で書こうとしたときに、『百年の孤独』はきっと一つの手掛かりになったんじゃないでしょうか。確実に二つの小説は繋がっているし、そうやって考えると、世界には同じように『百年の孤独』を手掛かりにして書かれた小説がたくさんあるんじゃないかなと思うんです。例えば、中上健次だって決して無縁だったとは言えないだろうし。 池澤 中上の場合、直接の影響はフォークナーから受けたんだろうけど、でも横目でガルシア=マルケスをちらほら見ていたのは確かでしょうね。トポスを作って民話的な物語を紡ぐ、という意味では共通している。今の日本の作家で言えば、小野正嗣さんだってきっとそうでしょうね。 星野 アメリカにはスティーヴ・エリクソンがいますね。きっと他にも翻訳されていない中にも、たくさんいるはずです。ただ、マジックリアリズムがどこで使われるかということと、近代化がその地域でどれくらい進んでいるかはある程度、関係していそうな気がします。近代化の極北となったような地域でガルシア=マルケスの真似をしてもほとんど意味をなさないでしょうし。
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