知られざる「木製バット・トップメーカー」の31歳職人、野球人口が急減する中で挑む新市場創出
今季、日本のプロ野球は、2005年に観客動員を「球団発表」から「実数発表」に変更して以来、最高の2688万1715人を動員した。2005年と比べると34%もの大幅増だ。 【写真10点】ノックバットは異なる2種の木材を貼り合わせてから削り出す 一方で、高校生以下の野球の競技人口は、減少している。 ●男子野球選手数の推移。2005年と2024年の比較。(▲)は減少率 ・小学校(スポーツ少年団 軟式) 2005年15万7858人→2023年9万9081人(▲37.2%) ・中学校(中体連 軟式) 2005年29万5621人→2024年12万9805人(▲56.1%) ・高等学校(高野連) 2005年16万5293人→2024年12万7031人(▲23.1%) 中学校は硬式野球の団体が複数あり、10万人前後が加盟しているが、それを含めても、高校以下の競技人口は、約20年前から30%以上も減少している。 これにともなって、野球用具の生産、売上高も減少の一途をたどっている。 ■ 大学を中退しカナダで修行 そんな中で、野球バットの「新しいブランド」を立ち上げようとする若き職人がいる。 HAKUSOH BAT JAPAN 代表で、バット職人の松本啓悟氏、31歳だ。 「小さいころからモノ作りが好きで、大阪芸術大学のプロダクトデザインコースに進みました。木工が好きで、家具職人も考えたのですが、スポーツ用品が作りたかった。ミズノのバット職人として有名な久保田五十一さんが引退されると聞いて、富山県のバット工場に見せてほしいと無理やり頼み込んで、バットの生産工程を見せてもらって、これだ、と思ったんです。僕はバット職人になるとすれば、早い方がいいと思ったので、親に話して退学届けを出しました。 まず野球の本場のアメリカに行こうと思ったのですが、入国ビザがややこしかったので、バットの原料であるメープルの産地であるカナダにした。1年間アルバイトしてお金を貯めて、みんなが就活を始める3回生のタイミングでカナダに行きました。 バットメーカーにいろいろ頼み込んだのですが、なかなか埒が明かなかった。もう帰ろうかと思ったときに、日本人でカナダでバット材を作っている鎌田さんという方がいて“今から半年かけて日本に出荷するバット材を作るところだから、一緒にやるか?”と言われて、近くに引っ越して、ここからバット作りの『修行』が始まりました」 松本氏はここで、バット材の製材工程を一通り学んだ。