知られざる「木製バット・トップメーカー」の31歳職人、野球人口が急減する中で挑む新市場創出
現在のバット市場はまことに複雑だ。プロ、社会人の大部分、大学野球、独立リーグは木製のバットを使っている。この市場には既存メーカーが深く入り込んでいる。NPBのスター選手はアドバイザリースタッフとしてバットを無償で提供されている。それ以外の選手も既存メーカーのバットを購入している。 高校の硬式野球部は大部分は、日本高野連が定めた基準の金属バットを使用している。中学生、小学生も、硬式、軟式ともに金属バットが主流だ。 ただ、高校の硬式野球では、跳びすぎる金属バットの危険性が指摘され、今年から反発係数を抑えた新しい金属バットを導入した。 ■ 変化してきた“バット市場” すると「金属バットと木製バットの反発係数がそれほど違わないのなら、今から木製バットを使う方がいい」という選手が出始めた。それに新規格の金属バットは1本3.7万円以上と高額だ。ならば価格が半分以下の木製バットの方がいいという声もある。 逆に、軟式野球は木製バットが「飛ばなさすぎる」ために、全日本軟式野球連盟がメーカーに依頼して「飛ぶ金属バット」を開発した。メーカーは技術開発をさらに進め、軟式でも飛距離が出るFRPなど新素材のバットが開発された。 草野球では「飛びすぎるバット」は大人気だが、こうした新素材バットで「嵩増し」され打球速度が上がった野球は、子どもにとって危険な上に、硬式野球に進んだ時に、ギャップが大きい。それに新素材バットは金属バット以上に高価だ。そこで一部の軟式野球関係者は木製バットへの回帰を考え始めている。 松本氏にとっては、こうした野球バット市場の変化が、ビジネスチャンスにつながっていく。
■ こだわりのノックバット また松本氏は、新たなバット素材にも着目している。 ダケカンバは、シラカバなどに近縁の広葉樹だが、成長が速い。バット素材にも適した木材だが、北海道ではダケカンバは「パルプ、チップ材」として扱われている。 松本氏は北海道大学の加藤博之准教授らとともに、間伐されたダケカンバを素材としたバットを開発し、高校野球やアマチュア野球などに持ち込み、選手に「使用感」を聞くテストマーケティングを行っている。 「木製バットの場合『折れる』ことがネックですが、ダケカンバは粘りがあって折れにくく、素材としては優秀です。でも、間伐材の利用と言っても、いろいろな制約があり、安定した生産量を維持できるかどうか、簡単ではありません。また量的にダケカンバだけでうちのビジネスが成り立つわけではありません。ただ、自然環境を維持するプロジェクトに参加することは有意義ですし、一つの可能性として追求したいですね」 もう一つ、バット職人として松本氏が情熱を燃やしているのは「ノックバット」だ。練習や試合前などに、コーチなどノッカーが野手にゴロやフライを打つためのバットだ。内野用と外野用に分かれ、それぞれフライやゴロを打ちやすい形状になっている。 熟練のノッカーは、ただボールを打っているだけでなく、ゴロなら地を這うような猛ゴロ、当たり損ねのゴロ、ショートバウンドなどを打ち分ける。フライでも途中でお辞儀するフライ、反対に途中から伸びる当たりなどを打ち分ける。 「僕はノックバットのデザインをずっと考えてきたんです。ノッカーが打ちたいと思っているようなフライ、ゴロを自在に打てるようなノックバットを作りたい。だからコーチの方々とずっと情報交換をしてきました」 普通のバットは、一つの木材から削り出して作るが、ノックバットは異なる素材を貼り合わせて、そこから削り出していく。まさに「裏方の道具」ではあるが、ノックバットにも奥深いこだわりの世界があるのだ。この分野もOEM生産を行っているが、同時に海外にも顧客があり、一定の評価を得ている。