「自称ジャーナリスト」に騙されないために知っておきたいジャーナリズムの原則
重要なのは説得的な表現
最近、朝日新聞のウェブサイトや紙面を中心に科学的根拠やデータが大切か否か、エピソード主体の記事は必要かどうかという話題が上がっていた。ジャーナリズムの原則に照らし合わせれば、問いは極めてクリアになる。結局のところ大事なのは、いかに取材を尽くして事実を集め、適切に価値づけ、適切に伝えられているかという一点だ。 取材によって集めなければいけない事実の中にはケースによっては科学的なエビデンスもあれば、適切な方法によって得られたデータもある。現場を歩くことによってしか手にいれることができない人々の語りもある。エピソードが主体であっても規律ある事実確認を経て、ニュースの全体像が過不足なく記事の中に提示され、なぜそれがニュースなのかが切に読者や視聴者に伝わっていれば大きな問題はないはずだ。 ジャーナリズムには科学的な方法に親和性がある記事もあれば、その記者でしか得ることができない、つまり再現性の低い記事もあるということに過ぎない。いずれも大事なのは説得的な表現になっているかだ。批判が出る時点で、単に下手な記事だったということを自覚しなければいけないのだが、新聞社はこうした自省ができるだろうか。 本書の始まりは1997年に25人のジャーナリストが集まって議論を始めたところにある。20回超の公開討論で、実に300人を超すジャーナリストが意見を語り、その要素をアカデミズムの世界に生きる研究者たちとも連携しながら第一版につなげた。このような議論の日本版も必要になってくるだろう。 いずれにせよ「原則さえ踏まえれば」という但し書きはつくが、ジャーナリズムの世界は思われているよりはるかに自由だ。その自由さを、原則に反してはいるが人気を集める自称ジャーナリストたちが、原則外れの記事を量産するジャーナリストがこぞって狭めていないか。さしあたり、今の日本で問われているのはそこである。 ◎石戸諭(いしど・さとる) 記者、ノンフィクションライター。1984年、東京都生まれ。立命館大学卒業後、毎日新聞社に入社。2016年、BuzzFeed Japanに移籍。2018年に独立し、フリーランスに。2020年、「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」にて第26回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。主な著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)『ルポ 百田尚樹現象:愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)『ニュースの未来』(光文社)『視えない線を歩く』(講談社)『東京ルポルタージュ』(毎日新聞出版)がある。 ◎ビル・コバッチ Bill Kovach 『ニューヨーク・タイムズ』ワシントン支局長、『アトランタ・ジャーナル・コンスティトゥーション』編集者、ハーバード大学ニーマン・フェローシップ運営代表を歴任。憂慮するジャーナリスト委員会の創設者・議長を務めた。 ◎トム・ローゼンスティール Tom Rosenstiel アメリカ・プレス研究所専務理事、「ジャーナリズムの真髄プロジェクト」の創設者・理事、憂慮するジャーナリスト委員会副議長を務めた。『ロサンゼルス・タイムズ』メディア批評担当、『ニューズウィーク』議会担当キャップを歴任。4冊の小説のほか、ジャーナリズム論を中心に多数の著作があり、ビル・コバッチとの共著に『インテリジェンス・ジャーナリズム』(ミネルヴァ書房)、『ワープの速度』(未邦訳)がある。 ◎澤康臣(さわ・やすおみ) ジャーナリスト、早稲田大学教授(ジャーナリズム論)。1966 年岡山県生まれ。東京大学文学部卒業後、共同通信記者として社会部、ニューヨーク支局、特別報道室などで取材し「パナマ文書」報道のほか「外国籍の子ども1万人超の就学不明」「戦後憲法裁判の記録、大半を裁判所が廃棄」などを独自調査で報道。「国連記者会」(ニューヨーク)理事、英オックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所客員研究員なども務めた。著書に『事実はどこにあるのか』(幻冬舎新書)、『グローバル・ジャーナリズム』(岩波新書)など。
石戸諭