なぜ日本レスリングは乙黒拓斗と須崎優衣の男女W金メダルで東京五輪を締めくくることができたのか…残された課題は?
「最近は、世界で闘う30代のレスリング選手も珍しくなくなりました。乙黒も須崎もまだ20代前半なので、これから自分の色々な変化を受け入れながら、チャンピオンで居続ける道を探らないとなりません。たとえば、須崎はタックルをして相手が四つん這いになっても、ローリングではなく、わざわざ組み換えてまで得意のアンクルホールドをかけました。それだけ自信があったのでしょうし、今回は大丈夫でしたが、今後は簡単に組み換えさせてもらえなくなるでしょう。乙黒も、攻めはすごく良いのですが、それに比べると守ることや試合全体をデザインするのは不得意でした。今後は守りを磨くことに期待しています」 日本のレスリング勢は、前評判通りの金5(女子4、フリー1)、銀1(グレコ)、銅1(グレコ)という結果を残した。だが、小林氏には、気がかりな部分があると指摘する。 「手首をきめて腕を取るというツーオンワンの技術は、私が現役だった1980年代に旧ソ連(ロシア)の選手が始めて世界に広まったモノです。最初こそ防戦一方でしたが、様々な対処方法が生まれ、攻めに転じる技術も編み出されました。ところが、今回の日本選手の試合を見ると、それが継承されていない。ツーオンワンをとられた途端、フットワークも止まり足が動かなくなってしまう。やり方を知らないだけなら、もったいないことです」 レスリングでは経験を重んじる傾向が強いため、映像などによる技術解析の蓄積がまだ少ないのではないかと小林氏は危惧する。そして新型コロナウイルス感染症によって、以前のように海外遠征がしづらい環境がしばらく続きそうなことを考えると、日本に眠る、過去のレスラーたちによる技術を掘り起こして積み重ね、強化のひとつに取り入れるべきではないかと提案する。 「いま現役で世界と闘っている選手のほとんどは、子供の頃にレスリングを始めています。早くから『正しい』レスリング技術を教わっている人が多いのですが、それを教科書のように思って囚われ、自分の個性に合う応用編を作るのが苦手なように見えました。発想を柔軟にするきっかけの一つとして、過去に世界と互角以上に闘ってきた技術を、あらためて研究することで、自分に合った持ち味を再発見してほしいです」 近代五輪の第1回大会から実施されてきたレスリングだが、近年は、歴史があっても安泰とは言いがたい状況に次々と見舞われてきた。2013年2月のIOC(国際オリンピック委員会)理事会で、2020年東京五輪の「中核競技」から除外され、金メダリストたちが存続を訴えたこともあった。このとき国際レスリング連盟は五輪実施競技の地位を守るために組織改革を実行、当時の会長は解任され、女子だけ五輪実施階級が少ない男女不均衡を改めるための階級変更、観客にわかりづらくテレビ放送に向かないとの指摘に応えたルール変更を実施した。だが、これらの努力は東京五輪のテレビ放送を見る限り、効果をあげたとは言いがたいようだ。