評価額530億円の「禁煙支援デバイス」が挑む、米FDA承認のハードル
タバコ業界の起業家でエンジニアのマリオ・ダネクは、今から6年前、カリフォルニア州サンタモニカの自宅で禁煙のためのデバイスの試作品づくりを開始した。彼は、液状のニコチンを霧状にして体内に取り込むためのネブライザー(吸入器)などの電子機器やバッテリーパック、ファームウェアを組み合わせてプロトタイプを組み立てた。 外部に配線がむき出しになったそのデバイスは、不格好で「フランケンシュタインのような見た目だった」とダネクは話すが、想定した通りの動作をした。 彼がそのプロトタイプをニューヨークを拠点とする投資家のグレッグ・スミスに見せたところ、50万ドル(約7600万円)を出資してくれた。ここにサンフランシスコに拠点を置くヘッジファンドのポセイドンが加わり、Qnovia(キノービア)と呼ばれる企業が誕生した。 バージニア州を拠点とする同社は、これまで累計3500万ドル(約53億円)を調達し、評価額は約3億5000万ドル(約533億円)に達している。キノービアは現在、世界の市場規模が30億ドル(約4600億円)とされる「ニコチン代替療法」を用いた禁煙市場に参入することを目指しているが、米国での販売には食品医薬品局(FDA)の承認を得る必要がある。 キノービアは、先日FDAから治験を行うための許可を取得しており、年内に臨床試験を開始する予定だ。同社のデバイスが、当局の承認を得られれば、連邦政府が認めた新たな禁煙治療法が、約20年ぶりに生まれることになる。前回の承認は、2006年にファイザーが発売した禁煙補助薬のチャンピックスだったが、米国での特許は2020年に失効した。 ダネクが考案したデバイス、RespiRxの最大の特徴は、医師から処方される液状のニコチンを秒間15万回振動する電動ネブライザーでエアロゾル化し、人体に取り込めるようにした点にある。タバコの発がん物質は、ニコチンをタバコのように燃焼させたり、加熱したりすることがら生じるため、FDAは、熱を使用するいかなる禁煙デバイスも新規で承認しないと見られている。しかし、RespiRxのメソッドであれば、ニコチン液を加熱せずに蒸気に変えることが可能だ。 ■FDA承認のハードル ダネクは現在、キノービアの最高技術責任者(CTO)を務めており、RespiRxを市場に投入する任務は、CEOのブライアン・クイグリーに託されている。マールボロで知られるタバコ大手アルトリアの幹部だったクイグリーは、米国では2800万人の喫煙者がいる中、禁煙を助けるため取り組みが不十分だと述べている。米国では毎年48万人以上の成人が喫煙の影響で死亡している。 キノービアは、自社の製品を昨年販売が中止されたファイザーのニコトロール吸入器のように、簡略化された承認プロセスを通じてFDAに申請している。つまり、RespiRxのFDAの承認への道は、まったく新しい治療法ほど高額であったり、困難であったりはしない。キノービアは、過去6年間で3000万ドル(約46億円)のコストをRespiRxに費やしたが、ダネクは、同社がFDAの承認を得るためにさらに4000万ドル(約61億円)以上の費用と最大4年の期間が必要だと見積もっている。 しかし、医療デバイスに投資を行う元医師のデビッド・レビーは、FDAの承認プロセスを突破するためのハードルは彼らが思っているよりも高いと警告する。