「編集者の私が物語を左右してしまったのではないか」文芸誌編集者の漫画を描く中で見えた、彼らの謙虚さとは【北駒生インタビュー】
作中に登場する小説も自作「大変よりも面白さの方が大きい」
――作中では、そんな彼らが書く小説も登場します。『書くなる我ら』という漫画としての物語と、作中に登場する小説としての物語、2つの生みの苦しみがあるのではないかと感じました。 北:本当に断片でしかないのですが、作中に登場する小説も私が考えています。その作業が大変だというイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、逆にすごいキャリアの作家さんのものすごい“サビの部分”を抜き取れるわけですよね。ですから大変よりも面白さの方が大きいです。 例えば、第2話に登場する『紙舟』という小説も、本当だったら何百ページも書かなければいけないところを、つまみ食いするようにクライマックスの瞬間を抜き取って書いたり、ベテラン作家・市川忍なんだからこれくらいハッタリかましてもいいんだ! と、作家のキャラクターに乗っかったり(笑)。もちろん全て自分から出ているものですが、壮大な何かがパッとこちら側の物語にゲスト出演してくれている感覚ですごく面白いです。 ――ベテラン作家・市川忍が小説『紙舟』について模索するシーンもそうですが、本作では絵で魅せるシーンが多くとても引き込まれました。また、引きのアングルもとても印象的ですが、絵作りについて何かこだわりはありますか? 北:先にイメージが浮かぶことが多いです。ですが、最初のイメージに加えて、いかに読者さんに面白く伝えられるのか、目にした瞬間にパッと惹きつけられるものになり得るのかを考えてから絵に起こします。 引きのアングルについては、映画の影響が強いかもしれません。ただアップにするよりも、スッと引いて見せる。北野武監督の映画は引きの絵が美しいとよく言われているように、映画だったらこうして見せるよな……と、自分のなかにある映像表現の好きな部分が作品に出ているかもしれません。
静的なものを扱うからこそ、動的なもので読者を惹きつける
――10月22日に待望の第1巻が発売されますが、収録話の1~5話を振り返った時に一番苦戦したことをあげるとするならいかがですか? 北:1巻はまず読者さんに立ち止まってもらうために、複雑に込み入ったことをするのではなく、1話ごとに完結する物語で構成しています。『書くなる我ら』とはこういう物語なのかと知ってもらう……イントロの要素がすごく強いんです。 そうして読者さんをカタルシスへ誘うことを徹底する一方で、文学をこんな簡単にまとめていいのか? 漫画としての面白さに擦り合わせるために欺瞞や嘘が滲んでいないか? という葛藤がありました。ですが、決して一話一話早急に解決しているのではなく、一歩ずつ大きな山を登っていて、その先にクライマックスがあるという思いでやっていますので、なんとかそこまで辿り着けるように頑張ります。 ――ご自身が小説を好きだからこその葛藤ですね。 北:あとはジャンルとしての難しさもありました。例えば、医療や刑事モノは一般的に人気のジャンルと言えますが、小説界が舞台と聞いて人が集まるかと言ったら決してそうではないと思うんです。だからこそ、読んでもらうためにどうすれば良いのかをすごく考えました。 例えば、リアルに文芸編集者と作家さんの物語を描くとなると、色々な出来事が起こっていたとしても、座姿勢で打ち合わせをしているという構図が多くなってしまう。基本的に内省的になりがちな表現分野ですので、天城を活発的なキャラクターにして常に動かしたり、執筆の過程を山登りにたとえて絵的な広がりを見せたり……。つまり、静的なものを扱うからこそ、動的なもので読者さんを惹きつけるということを意識していましたね。
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