「編集者の私が物語を左右してしまったのではないか」文芸誌編集者の漫画を描く中で見えた、彼らの謙虚さとは【北駒生インタビュー】
――先ほども編集者の方々のことを「敬虔」と表現されていましたね。 北:取材させていただいたなかで、特に印象深いエピソードがあります。とあるベテラン作家さんを担当されている編集者の方のお話なのですが、その作家さんの作品のなかではキャラクターがいずれ亡くなる運命であったと。でも編集者が作家さんに「このキャラクターがとても好きです」と、自らの思いを熱心に伝えたら、そのキャラクターが生かされたそうなんです。 その話を聞いた私は、作家と編集者の素晴らしい関わりによって生まれる、とてもロマンチックなエピソードだと感じたのですが、ご本人は全くそう思っていらっしゃらなかった。むしろ「あれで本当に良かったのだろうか」「私が先生の物語を左右してしまったのではないか」と、自分のなかに切々と抱えている様子を見て、これが本当の敬虔さなのだと身に染みました。 一連の取材を通して、編集者という人物像のリアリティーや立体的なものがより立ち上がっていく感覚がありました。決して漫画的にやれば良いというわけではなく、キャラクターを一度ろ過して、その上でどう動かすのか考えていく……これは取材をさせていただいたことで得た、創作の新たな糧です。ご協力してくださった皆様に本当に感謝しています。
“生きている者”として立体的に立ち上がるまで考え抜く
――作中には、酪農家、ミュージシャン、女優、前科者と、様々な人生を生きる小説家が登場します。魅力あふれる小説家のキャラクターたちはどのようにして生まれたのでしょうか? 北:群像劇なので、主人公格のキャラクターが複数必要になってくるのですが、まず中心に何を考えているのか分からないぶっきらぼうな酪農家・一之宮瞬がいて。その次に彼と被らない存在としてミュージシャンの才原蓮が生まれました。彼をミュージシャンに設定したのは、文芸誌に馴染みのない方が本作を読むと考えた時に、好きな人が多いであろう身近な存在のミュージシャンなら興味を持ってもらえるのではないかと考えたから。 ――才原はミュージシャンと小説家、両方の面で葛藤を抱えていて、目が離せない危うさと不思議な魅力があります。 北:ミュージシャンとしては、本当の自分ではないミステリアスな路線で売り出されていて。本当の自分を出したくて小説の世界に行ってみたものの、まだまだ思うように自分の表現ができない……才原はたくさんのジレンマを抱えながら前に進んでいくキャラクターです。一見すると大勢の人から支持されているスターが、実はこんなにもナイーブな一面を抱えているというのは、魅力的に映るのかもしれませんね。 ――第4話で描かれる、前科者・六波羅睦の物語は胸に迫るものがありました。「書く」に辿り着くまでの、それぞれの人生史はどのようにして生み出されているのでしょうか。 北:一番大切なのは「この人は過去にどんなことがあったんだろう」と、読者さんにページをめくってもらうこと。六波羅の前科者という設定はとてもセンセーショナルですし、描く上でたくさんの試行錯誤がありますが、これは読者さんに少しでもページをめくってもらうためのトライでもあります。 ですが、ただ話題性を追求するのではなく、彼の人生を追走して責任を持って描くということを大切にしています。六波羅の幼少期に何があったのかというところまで飛び込み、彼の一生を追体験していく……。他のキャラクターにも通ずる話ですが、決して自分の頭のなかにあるとか、借りてきたキャラクターなのではなく、本当に生きている者として立体的に立ち上がってくるまでずっとずっと考える。そういった作業を何十時間も経てキャラクターたちが生まれます。
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