コーチングで最初に取り組むのは「現実的な自己」か「理想的な自己」か? 【原文】Coaching the real self vs ideal self-which first?
研究結果―理想自己と現実自己の注意の向け方
この研究の結果、理想自己と現実自己に関わるタスクとナボン図形を使用したタスクで活性化される脳領域が広く重なっていることが分かった。ナボン図形についてはすでに知られているとおり、神経画像検査から事前に記録されたコーチングメッセージに反応する脳領域が、知覚の流れの初期の段階と高次視覚領域の両方で活性化することが明らかになった。これは、現実自己と理想自己の間で注意のコンフリクトが起きていることを示す神経生理学的な証拠となった。 著者らは次のようにまとめている。「理想自己(と受容された自己)を中心とする意図的変化理論(ICT)に基づくコーチングは、注意のコンフリクトをナボン図形の大域的な特徴に向かって解決するのに関連した神経領域を活性化するのに対し、現実自己(と義務自己)を対象とするコーチングは、局所的な特徴に向かって解決する神経領域を活性化することが分かった。」 著者らはさらにこう書いている。「大域的な注意は創造的で大局的な思考を促し、新奇なデータや不確実あるいは不完全なデータを包括的な上位の知識構造へと統合する。一方、局所的な注意は、差別化、細部への意識、狭い認知カテゴリーの活性化を強めるため、重要な刺激が入ってきても見落とす可能性がある。」 これらの結果は、「意図的変化理論開発の指針とした重要な観察結果と一致する。すなわち、理想の自己を思い描くための最大の課題は、外発的な力によって私たちに押しつけられる複数の義務自己なのである」 理想自己と現実自己の間に注意の対立があることを示すこの証拠から、順序が重要であることが改めて理解できる。ある時点で一方の自己が他方の自己を抑え込んでいるため、コーチングは理想自己の探求から始めることが重要となる。その後のコーチングセッションでも理想自己は開放性と創造性を促進するものとしてたびたび登場させるべきだが、現実自己のほうは、プロセスの後半で細部への注意が必要となるときに効果的な役割を果たす。この順序を逆にすると、様々な義務自己にとらわれたまま、クライアント本人の内発的な動機や強みを活かす機会を逃してしまうかもしれない。 この結果から、弁証法的行動療法やアクセプタンス&コミットメント・セラピーの中心テーマでもある「変化のゲシュタルト・パラドックス」を理解することもできる。すなわち、行動変容は現在の自分の評価や判断によってではなく、自分を受け入れることによってのみ起こるのである。 結論は以下のとおりだ。「(中略)コーチングは肯定的な感情と否定的な感情の対立に関係しているため、現実自己ではなくまず理想自己を対象にコーチングするほうが効果的である。理想自己が活性化されると、ポジティブな思考、深い意味のあるものとのつながり、楽観的な気持ちや自己効力感が生まれ、肯定的感情が高まる。 現実自己が活性化すると、自意識の強い思考、社会的評価に対する不安が生まれ、否定的感情状態になる。人は肯定的な情報よりも否定的な情報や脅威の情報のほうに自然に意識が向くため、現実自己を探求すると理想自己についての考えが覆い隠されてしまい、コーチングを受ける人は自分の欠点や、自分の至らなさを示すストーリー、社会の期待や圧力あるいは指示に従わなければならないといった点にばかり注意が向くことになる」