コーチングで最初に取り組むのは「現実的な自己」か「理想的な自己」か? 【原文】Coaching the real self vs ideal self-which first?
意図的変化理論とは
リチャード・ボヤツィスによる意図的変化理論(Intentional Change Theory、以下「ICT」)は、理想自己と現実自己は注意を奪い合う「注意の対立」状態にあるとする。その対立ゆえに慎重に順序だてて自己を探求していくことが重要であり、最初に理想自己を扱うべきだとしている。この理論はリチャード・ボヤツィスが職場でのコーチングを目的として開発したものだが、この考え方は米国における健康とウェルビーイングのための標準的なコーチング・コンピテンシーとも一致しており、コーチングの出発点を最適なウェルビーイングに関するビジョンを描くことに置いている。 論文の著者らは、コーチングにおける最適な順序を次のように説明している。「自己の多面性は意図的変化理論(ICT、Boyatzis, 2006)の中核となっており、持続的な変化のためには望ましい「理想自己」を受け入れ、その後複雑な発見プロセスにおいて、より現状に近い「現実自己」と対比することが前提となる。」
変化を起こすために理想的なシフトとは
理想自己を思い描くことで、クライアントは自分の価値、強み、夢にアクセスし、理想の自分あるいは最高の自分を実現するための変化に力を注ぐことができるようになる。外部からの要求や期待が主な動機となる場合と異なり、なりたい自分になりたいと心から願う内発的な動機によって必要な変化を起こすのである。 理想自己の発見は肯定的感情アトラクタ(PEA)といわれる心身の状態に関連しており、それが学習と変化を促すための認知と行動を組織する。理想自己を十分に探求し、受容し、本人が肯定的感情アトラクタ(PEA)の状態になると、意図的変化(ICT)によって今度は現実自己のほうにシフトする。クライアントに現実自己の強みを認識してもらい、それを理想自己に到達するための手段として受け入れることで、2つの自己の対立をうまく解決できるようになる。 これとは対照的に現実自己から始めると、外部の期待に対する自分のいたらなさを強く意識してしまい、そのギャップに対処する必要性が強調されることになる。これにより、自分の理想に到達するためではなく、他者に満足してもらうために自分はこうでなければならないという「義務自己」が生じる。このアプローチは回避や否定のようなネガティブな反応を引き出し、変化を実現することや、ましてや変化を維持することが難しくなる。これは否定的感情アトラクタ(NEA)の状態に関連しており、思考や行動において自身の保護と安定を優先することになる。 以下の表は、ボヤツィスの以前の研究からの引用であり、理想自己を肯定的感情アトラクタ、現実自己を否定的感情アトラクタとして区別している。