コーチングで最初に取り組むのは「現実的な自己」か「理想的な自己」か? 【原文】Coaching the real self vs ideal self-which first?
神経生理学を用いた研究
次に著者らは、理想自己と現実自己の対立を神経生理学によって解明する作業に着手した。その際、脳の視覚処理機能に着目し、ナボン図形を用いた。これは、たとえば小さなSの文字が集まって大きなRの文字を構成するといった図形である。こうした図形には、画像の大域的な特徴(大きな画像)と局所的な特徴(それを構成する文字)の対立が内在している。その対立を解決するために脳は注意を集中させなければならない。 対立を解決するために必要な注意のため、ナボン図形は通常の知覚よりも大きな脳活動を引き起こすことが様々な神経画像研究で示されている。知覚の流れの初期の段階で対象物の感覚的な識別(文字を識別する能力)に関係する脳の領域と、視覚的想像力や注意力に関係する「高次視覚領域」の両方で活動が発生するのである。 ナボン図形による作業が重要なのは、作業自体は似ていないにもかかわらず、コーチングでも理想自己と現実自己を同時に考えるときに同じ脳領域を活性化させるからである。この脳活動から、理想自己と現実自己の間に本質的な対立があることを示す神経生理学上の証拠が得られる。 検証のため、フルタイムの大学生47人に、まず理想自己をテーマとした0~3回の対面コーチングセッションに参加してもらい、次に別のコーチと現実自己をテーマとするセッションを1回行った。最後のコーチングセッションから2週間以内に、タスクの完了が脳活動にどのような影響をもたらしたかを調べるため機能的MRI検査(fMRI)を実施した。学生たちは、最初のコーチングセッションのときのコーチから、教育に関する自分の経験や計画について予め記録した96の発言を提示された。著者らによると、「理想自己の場合は希望、思いやり、マインドフルネス、楽しむ気持ち、現実自己の場合はそれらがないということを主題にしてこれらの発言を作成した(例:理想自己「自分の将来の様々な可能性が楽しみでならない」、現実自己「自分に期待されていることを実現できるかどうか不安だ」)」という。 次に、これらの発言に対する賛否の度合いを4段階のリッカート尺度で回答してもらった。さらに10個のナボン図形を示し、それぞれ大域的画像と局所的画像を探してもらった。そのうえで、コーチングとナボン図形のタスクによって誘発された脳活動を比較した。