【イスラエル取材記】「No Words」~はてしない憎しみの連鎖 戦争と共に生きる人々【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
■屈従と不条理の歴史
今回の衝突は、長い歴史の上に起きたものだ。背景は、イスラエルの建国や入植活動によって故郷を追われたパレスチナ人の怒りや悲しみがある。もちろんパレスチナ人=ハマスではない。ただ、彼らの怒りや悲しみを代弁する形で、ハマスは今回の大規模な攻撃に及んだことは確かだ。 パレスチナ人が住むガザ地区は長年、人や物の移動が制限されて「天井のない監獄」と呼ばれている。そして、大規模な爆撃や侵攻が繰り返されてきた。国際社会がそうしたことに見て見ぬふりをしてきたことも一因だ。 イスラエルのネタニヤフ首相はハマスについて、「血まみれの怪物を根絶やしにする」と発言した。イスラエル軍はガザ地区で、学校やエジプト国境の検問所など、多くの市民が集まる場所も空爆していて、戦火はいまや拡大の一途をたどっている。 戦闘が長期化すれば、そこにあるのは民間人の犠牲と、果てしない憎しみの連鎖でしかない。あるイスラエル人女性が避難所で妊娠6か月の大きなおなかをさすりながら、「このことは絶対にこの子にも伝えます」とつぶやいた姿が忘れられない。虐殺の村を生き抜いた彼女の目に灯っていたのは、怒りと憎しみの炎だった。 今や周辺の中東各国でも大規模な抗議デモが起きるなど、中東情勢は緊迫の一途をたどっている。戦闘が続く限り、憎しみは生まれ続け、次の世代へと受け継がれていく。報復は何も生みださない。歴史的な対立から脱却して、ハマスは人質を解放し、イスラエルは人道危機を回避し、地上戦で市民の犠牲が増え続けることは絶対に避けなければいけない。
■「ママ、生きてる?」…サルマへの願い
パレスチナ人通訳が言った、「ガザ地区にビーチがあるのを知っていますか? きれいな砂があって、素晴らしいガラスを作るんです。ガザ地区は花の名産地でもあるんですよ。本来は豊かで美しい町なんです」 「でも、今のガザには夢もない、希望もない、ただ無秩序な破壊と、死があるのみです。若者の多くは精神安定剤を服用しています。僕の娘にはこんな未来を渡したくない。どうか、世界に僕たちの現実を伝えてください」 娘さんの名前を聞くと、彼は10歳くらいの栗色の髪をした女の子の写真を見せてほほえんだ。「サルマ、『Peace(平和)』という意味です」 私は息子のことを思った。息子は毎日決まって同じ時間に電話をかけてくる。第一声は決まって、「ママ、生きてる?」。「電話、取ってるんだから、生きてるに決まってるでしょ」と笑おうとして、言葉に詰まった。きっと同じような会話があちこちで交わされていることを思うと何も言えなかった。いくつもの電話で、家族を、友人を心配する人々が、同じ言葉を掛け合っているはずだ。イスラエルでも、パレスチナでも。 それなのに、戦いは終わらない。憎しみが暴力を生み、暴力が新たな憎しみを生む。ガザ地区の子どもたちが波とたわむれ、ビーチではしゃぐ。そんな光景はいつになったらやってくるのか――、そこに、伝えなければいけない現実がある。私たちは、知らなければならない。そのことを強く感じた取材だった。 ◇◇◇
■筆者プロフィール
鈴木あづさ NNNロンドン支局長。警視庁や皇室などを取材し、社会デスクを経て中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、系列の新聞社で編集委員をつとめ、経済部デスク、「深層NEWS」の金曜キャスターを経て現職。「水野梓」のペンネームで作家としても活動中。最新作は「グレイの森」。