横浜F・マリノスをACL決勝に導いた“楽しむ”姿勢。変化を生み出したキューウェル監督の「選手目線」
選手たちにACLを「楽しむ」という意識を植えつけた人物
蔚山現代FCと対戦したACL準決勝第2戦前日の公式記者会見に出席した植中朝日は、こう言っていた。 「(蔚山現代には)第1戦で負けてしまいましたけど、自分たちのサッカーが通用するとわかった。この1週間、ハードな練習を積んできて、みんないいコンディションを保てていると思うので、明日の試合はとにかく、いつも監督が言っている『楽しむ』ことを意識して、その中で絶対に勝利して決勝に進めるように頑張っていきたいと思います」 マリノスの選手たちにACLを「楽しむ」という意識を植えつけたのは、他でもないハリー・キューウェル監督だ。 今年から就任したオーストラリア人指揮官は、最初のミーティングで対面した選手たちにこう語りかけたという。 「ACLを獲れるチャンスが今、目の前にある。それを絶対に獲りにいきたい。人生において、こんなチャンスはそう何度も訪れるものではないから、この瞬間を楽しもう」 キューウェル監督の言葉を英語のまま理解できる宮市亮は、「この瞬間を楽しもう」という言葉に感銘を受けた1人。「ハリーは毎試合そう言っているし、ラウンドが上がるごとに選手たちにも実感が湧いてきた。アジアのチャンピオンは目の前なんだ……というのは、グループステージの時よりも現実味があります」と、アジアの頂点に想いを馳せる。 なぜ指揮官はACLを「楽しむ」意識を選手たちに植えつけようとしたのだろうか。背景には彼自身の現役時代の経験が大きく関係していそうだ。 リーズ・ユナイテッドやリバプール、ガラタサライなど欧州での実績が豊富なキューウェル監督は、リバプール時代の2004-05シーズンにUEFAチャンピオンズリーグ(CL)優勝を経験している。ミランを大逆転で打ち破り、のちに“イスタンブールの奇跡”と言われるようになる劇的な決勝の現場にいて、CL通算で29試合に出場したからこそ、「チャンピオンズリーグ」の価値や意義を強く意識するのではないだろうか。 CLは欧州でプレーする選手たちにとって夢の舞台。一度FIFAワールドカップに出場した選手が「何度でもワールドカップに出たい」と夢見るように、一度CLの興奮を体が覚えてしまうと、もっと名誉ある最高峰のステージに立ちたいという欲が無限に湧き出てくる。ACLのタイトル獲得を熱望するキューウェル監督は、言葉を選ばずにいえば“CLジャンキー”なのではないかと感じている。 選手時代の経験値は、アンジェ・ポステコグルー監督やケヴィン・マスカット監督との決定的な違いだ。2人は選手や監督としてトップレベルで活動してきたが、常に勝利を求められるビッグクラブで仕事をした経験は少なかった。キューウェル監督は選手としてリバプールや最盛期のリーズの基準を知り、指導者としてセルティックというスコットランド屈指の強豪のプレッシャーに晒されてきている。