江戸時代の日本人が現代人よりずっと早寝早起きだった「シンプルな理由」
私たちはなぜ眠り、起きるのか? 長い間、生物は「脳を休めるために眠る」と考えられてきたが、本当なのだろうか。 【写真】考えたことがない、「脳がなくても眠る」という衝撃の事実…! 「脳をもたない生物ヒドラも眠る」という新発見で世界を驚かせた気鋭の研究者がはなつ極上のサイエンスミステリー『睡眠の起源』では、自身の経験と睡眠の生物学史を交えながら「睡眠と意識の謎」に迫っている。 (*本記事は金谷啓之『睡眠の起源』から抜粋・再編集したものです)
時を刻む遺伝子
1970年代、ショウジョウバエを用いてベンザーとコノプカが明らかにしたのは、遺伝子変異があると、体内時計の周期が変わるということだった。いったいどのようにして、遺伝子が24時間の長さをカウントしているというのだろう。 これまでの研究で、2万個以上ある遺伝子のうち、時計遺伝子と呼ばれる一連の遺伝子が、体内時計に関与することが明らかになった。重要な時計遺伝子の発見に貢献したマイケル・ロスバッシュ、ジェフリー・ホール、マイケル・ヤングの3名は2017年、その功績でノーベル生理学・医学賞を受賞している。 細胞の中で、時計遺伝子が体内時計をつくり出しているしくみは、詳しく説明すると複雑になってしまうので、ここではそのエッセンスを紹介したい。 時計遺伝子も他の遺伝子と同様に、設計図のコピーが取られ、コピーをもとにしてタンパク質がつくられる。時計遺伝子の情報にもとづいて、時計タンパク質がつくられるのだ。時計タンパク質の製造が進むと、工場内に時計タンパク質が溜まってくる。すると、溜まった時計タンパク質は迷惑なことに、コピー担当の作業を邪魔するのだ。設計図のコピーは永久的なものではなく、分解されていくため、しだいに時計タンパク質の新たな製造がストップする。 重要なのは、工場内に溜まった時計タンパク質もまた、常に分解されているということだ。時計タンパク質の製造がストップしているなか、分解が進むことで、時計タンパク質の量は減っていく。そうすると今度は、時計タンパク質が邪魔していた、コピー担当の作業が再開される。再び、時計タンパク質の製造が始まるのだ。 このサイクルが、ずっとくり返される。そして、1サイクルの長さが、24時間なのだ。サイクルにもとづいて、時計タンパク質だけではなく、それ以外のさまざまなタンパク質の量と質が、時間に応じて変動する。それにより、細胞の機能、ひいては個体の機能が、1日のなかで変化する。 また、24時間のサイクルは光によって調整され得る。光によって、「時刻合わせ」が行われるのだ。海外に行って時差ボケになっても、しだいに解消されるのは、この「時刻合わせ」のしくみのおかげである。私たちの体のあらゆる組織に、時計遺伝子による体内時計のしくみが備わっている。もちろん脳にも体内時計が存在していて、なかでも視交叉上核と呼ばれる脳の領域が、全身の体内時計の中枢なのだ。 睡眠も、体内時計によって調節される。例えば、眠る時間が極端に前倒しになったり、あるいは遅れたりする疾患がある。家族性睡眠相前進・後退症候群と呼ばれるものだ。その患者には、時計遺伝子に変異がみられる。「いつ眠るのか」のタイミングは、体内時計によって調節されていると言えよう。 私たちヒトは、夜に眠ることが多い昼行性の動物だ。シフト勤務をしている人もいるが、多くの人々は昼間に起き、夜に眠ろうとする。その理由の一つは、私たちの視覚能力が、昼間の明るい環境の方を得意としているためだ。 江戸時代の日本では、皆今よりもずっと早寝早起きだったと言われる。夜は日が沈んだ午後7~8時頃には就寝し、朝の4~5時には起きて活動していた。今ほど夜の灯りが明るくなかったからだ。外が明るい時間に活動し、ひとたび暗くなれば就寝するという、とても健康的な生活を送っていた。現代のように、これだけ照明が普及しているのなら、皆こぞって夜に眠る必要はないような気がするが、それでも私たちは、夜遅くになると眠気を覚え、眠らなければならないように感じる。 ヒト以外の生き物に目を向けると、必ずしも皆、夜に眠るわけではない。例えば、実験に用いられることの多いマウスは、夜行性である。マウスを飼育している部屋に昼間入ると、彼らは穏やかにすやすや眠っていることが多いが、夜に飼育室へ行くと、とても活発だ。繁華街などでも、夜には活動的なネズミを見かけることがある。昼に活動する生き物と夜に活動する生き物──その違いは、何なのだろうか?
金谷 啓之