<ドル覇権への挑戦>BRICSが仕掛ける共通通貨圏、トランプの反応は“過剰”なのか?
ペトロ人民元体制の現実味は?
もちろん、これは原油に留まる話ではない。既に、ロシアが保有する石油、レアメタル、小麦、肥料などの天然資源取引はルーブルや人民元を通じて決済されるケースが増えていると言われる。 ロシアと中国の原油取引は人民元建て、米国の制裁下にありドル建て取引が制限されるイランも人民元建て輸出を可能にしており、中国、インド、トルコが仕向け先となる。23年3月には中国とブラジルが貿易や金融取引で両国の通貨を使って直接取引できる仕組みの創設で合意したという報道もあった。 2000年代後半のシェール革命を経て世界最大の産油国にのし上がった米国がエネルギー調達面で中東地域への関心を後退させる一方、世界最大の原油輸入国である中国がペトロダラー体制に付け入る隙が生まれているという構図である。中国の「一帯一路」構想とその資金源であるアジアインフラ投資銀行(AIIB)から援助を受ける国々は、今後は支援条件としての「ペトロ人民元体制」への加担を要求される余地があるし、現にそうなりつつあるという論考は多い(後述する中国独自の決済システムであるCIPSも、同じ文脈で利用を強いることが可能だろう)。 いずれにせよ、中国を軸にBRICS首脳会議が結託することで、例えば人民元建ての表示価格が資源取引に強要された場合、何らかの強制力を伴う恐れはある。事実として、中国から開発資金を得られる以上、多少の不便を甘受しても、そのチャレンジに乗る国は出ても不思議ではない。
SWIFT遮断が気づかせた事実
以上見るように、価値保蔵や価値尺度の観点からドル一強体制に付け入る隙が若干ながら生じているのは間違いなく、冒頭のトランプ氏が示唆する懸念は根拠がない話とは言えない。そもそも基軸通貨国であることの最大の強みは「ドルが使えないと経済活動に参加できない」という状況を強制的に創り出すことができる点にある。だからこそ、米国の脅しには意味が伴ってきた。 しかし、ドルの代替通貨があればその限りではない。中国が人民元の取引網拡張に尽くすのは、金融界において米国の掌にありながら米国と対立することの限界を自覚しているからに他ならない。 既に、米国を主軸とする西側の金融制裁が昔ほどの威力を持っていないという疑義は漂っている。22年3月、ロシア・ウクライナ戦争に伴ってロシアに対しては「金融の核兵器」とまで言われたSWIFT遮断という制裁が加えられたものの、ロシア経済は軍需産業を中心として好況に沸いている。実際、成長率のパフォーマンスだけで見れば、先進諸国と比較しても頭抜けている(図表(3))。もちろん、国内情勢を分析すれば色々な綻びもあろうが、少なくとも「金融の核兵器」により壊滅的なダメージを負ったという印象は当てはまりそうにない。 ロシア経済はドル建て取引を制限されている一方、開戦から現在までの3年弱において企業部門における資金調達、家計部門における資産運用、そして対外的には貿易決済通貨として人民元の存在感が高まっていることが指摘されている。SWIFTが遮断されても、SWIFTと繋がっている中国独自の決済システムであるCIPSがダメージを限定させる緩衝材になっていると指摘されて久しい。 なお、CIPSがSWIFTと繋がっているのは、事実上の国際規格であるSWIFTに乗ることでCIPSの利用拡大を優先したと言われている。この点、中国の立ち回りは現実的でもある。 中国人民銀行(PBOC)の報告書によれば、22年時点でCIPSの取引件数は約440万件、金額にして約97兆元だったが、23年時点ではそれぞれ約661万件、約123兆元まで拡大しているという。人民元の取引網は確実に世界に拡がっている。 開戦後の22年3月以降で起きている現象を総合すれば、SWIFT遮断が人民元国際化の一里塚になった可能性は否めない。「金融の核兵器」は「抜かずの宝刀」であるうちは畏怖の対象だったが、SWIFTとの比較で極めて代替的な手段にしかならないとはいえ、「CIPSで何とかなっている」という現実が曲がりなりにも提示されていることはトランプ氏に限らずドル一強体制の特権を手放したくないであろう米国にとって愉快な状況とは言えまい。 金融制裁といういわば、非軍事的な強力な武器にやや陰りがみられることは、米国第一主義という一種のわがままを貫きたいトランプ氏にとって看過できない事態であり、冒頭のようなけん制発言に繋がっていると考えられる。