<ドル覇権への挑戦>BRICSが仕掛ける共通通貨圏、トランプの反応は“過剰”なのか?
価値保蔵機能には疑義
とはいえ、近い将来にBRICS共通通貨やこれに変わる通貨(人民元含む)がドルを代替する存在として浮上する公算は極めて小さい。それはほかならぬ中国が依然として大量の米国債を保有し、国際銀行間通信協会(SWIFT)を基軸とするドルシステムに包含された状態にあることが何よりの証左である。 それでも米政府がドル一強体制の瓦解を不安視する要因はあるのか。貨幣の3機能である(1)価値保蔵、(2)価値尺度、(3)交換に照らした場合、(1)は外貨準備構成通貨比率において過去四半世紀でドル比率が著しく下がっている。 具体的には99年3月末から24年6月末の間に約71%から約58%へ低下している(図表(1))。代わりに上昇しているのは人民元、カナダドル、豪ドルなどであり、ユーロ、円、英ポンド、スイスフランといったかつての主要通貨ではない。 外貨準備の運用多様化が進む中、価値保蔵の観点からドルの基軸通貨性に疑義が生じる状況は確かにある。それでも世界の外貨準備の約60%が依然ドルなのだから、その立場が早晩瓦解するかのような言説も行き過ぎだが、ドル比率の低下傾向から何かを読み取る努力は確かに必要かもしれない。
価値尺度機能に切り込む力はある
では、(2)はどうか。ドルが持つ価値尺度機能を象徴する事例が原油価格のドル建て表示だ。歴史的経緯について詳述は避けるが、1971年の金・ドル兌換停止(ニクソン・ショック)を経て金という裏付けを失ったドルの価値を担保するために、米国はサウジアラビアの原油価格引き上げを容認する一方、原油取引をドル建てに縛る体制をサウジアラビアと構築したと言われている(この点、公式な文書や取り決めがあるわけではない)。 米国が基軸通貨国足り得ている背景として世界最大の経済規模と軍事力が真っ先に挙げられやすいが、産油国が原油取引で得たドルを米国債に投資するという資金循環構造、いわゆるペトロダラー体制こそ基軸通貨国の要諦であるとの指摘は多い。端的に言えば、「原油はドルでしか買えない」を基軸通貨の正体と捉える主張だ。 しかし、BRICS首脳会議が本当に足並みを揃えてくるのだとしたら、この点に楔を打ち込める目はある。かつて新興4カ国(ブラジル・ロシア・インド・中国)の総称でしかなかったBRICsは2011年に南アフリカが加入しBRIC「S」と表記されるようになった。24年からはイラン、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、エチオピアが加わっている。 このタイミングでサウジアラビアも加わる予定とされていたが、米中間の緊張が高まる中で最終判断を保留しているのが現状であり、本稿執筆時点ではまだ加盟国のステータスにはない。さらに同じタイミングでアルゼンチンも加わる予定であったが、23年8月に加盟を決断した反米左派政権が同年12月に親米政権に代わったことでやはり参加が見送られている。 結果、現状での加盟国は9カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国、エジプト、エチオピア、イラン、UAE)である。この9カ国だけでも世界の石油供給に占めるシェアは30%程度にのぼり、態度保留中のサウジアラビアが加われば40%程度まで引き上がることになる(図表(2))。これらの国々がドル建て取引に執着しないのだとしたら、ペトロダラー体制は当然揺らぎ、米国債の消化構造にも影響が出る恐れはある。