老親との会話はなぜこじれるのか? 介護疲れの原因となる「高齢者の二大バイアス」
「老齢になった親と、ちゃんとコミュニケーションをとっておきたい」。いつか後悔しないために、50代で必ずやっておきたいことの一つだ。しかし、エンディングノートのことや介護のことはなかなか言い出しにくく、意見がぶつかってしまうことも。『THE21』2024年10月号では、行動経済学の「ナッジ理論」を用いて、親子間のコミュニケーショントラブルを解決する方法を専門家に聞いた。(取材・構成:林加愛) 【解説】介護疲れの原因になる「認知バイアス」の例 ※本稿は、『THE21』2024年10月号特集「50代で必ずやっておくべきこと」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
老親との会話はなぜこじれるのか?
「お母さんのために言っているのに、なぜわかってくれないの」「親父はなんでこんなに頑固なんだ」――老親とのコミュニケーションには、こうしたストレスがつきものです。 こちらもつい言い方がきつくなり、そのつど後悔。「次はもっと優しくしよう」と決意し、なのにまたまた失敗して落ち込む......そんなことを繰り返してはいないでしょうか。 最初にお伝えしておきましょう。その問題は「優しさ」では解決しません。誠意や愛情のみで頑張るのは、むしろ危険。介護疲れや関係破綻を招くもとです。 皆さんはこれまでに、第三者(介護のプロを含めて)から「ご本人の心に寄り添って」とアドバイスされたことがあるかもしれません。しかし、その言葉を鵜呑みにするのも禁物です。親といえども、他者の心は窺い知れないもの。そこに寄り添おうとしても、いずれ限界がきます。 では、なぜ、そうしたすれ違いが起こるのか。それは、人の脳が「自分に都合よく、解釈を歪めてしまう習性」を持っているからです。 この習性を「認知バイアス」と呼びます。認知バイアスとは、物事を感じるときの、認識の偏りや歪みのこと。どんなに正しく伝えたつもりでも、認知バイアスがある限り、相手は歪んだ解釈をしてしまいます。 この認知バイアス、実はすべての人間の本能に埋め込まれているもので、それ自体はいいものでも悪いものでもなく、人類が生き延びるために不可欠なものでした。例えば「同調圧力」も認知バイアスの一つですが、元をたどれば、太古の人間が集団で協力し合うために生まれました。そして、これがあったからこそ、人類は絶滅を免れたのです。 最近の研究で、人の判断や行動は90%以上が本能に基づくもので、理性の働く割合は10%に満たないことがわかってきました。理性の力は高齢になるほど働きづらくなるため、本能に埋め込まれている認知バイアスも、加齢とともに強く出てくるようになります。これが、老親との間で生じる「なぜわかってくれないの」の一因です。 ここで生まれるすれ違いの解消に役立つのが、私の研究テーマでもある「ナッジ」です。 ナッジは直訳すると「そっと後押しをする・肘でつつく」という意味で、「ついそうしたくなる心理」を刺激して、相手に自発的に行動を起こさせる仕掛けのことです。このノウハウを、親とのコミュニケーションに取り入れることで、親が自発的に行動を変えていくことが期待できます。 ではまず、親子それぞれにどのような認知バイアスが働きやすいかを紹介し、次にナッジを上手に使った解決法を解説していきます。