天皇杯Vの川崎F鬼木監督が中村憲剛に“謝罪”した理由
監督の肩書きを背負って4年目にして初めて禁を破った。国内三大タイトルで唯一、無縁だった天皇杯をついに手にした余韻が色濃く漂う国立競技場のピッチ。川崎フロンターレを率いる鬼木達監督(46)が、優勝カップを手にしていたMF中村憲剛(40)にそっと言葉をかけた。 「今日は使ってあげられなくて申し訳ない」 ガンバ大阪との元日決戦を1-0で制し、J1リーグとの二冠制覇でシーズンを戦い終えた直後のひとコマ。川崎ひと筋で18年間プレーしてきたプロのキャリアに、天皇杯決勝をもって終止符を打つバンディエラへ謝罪した理由を、自身のモットーを引き合いに出しながら鬼木監督は説明した。 「試合で使わなかったことに対して、憲剛にごめんと言ったことはいままで一度もありません。ただ、今日に限っては引退する選手だったので」 新型コロナウイルスの影響で開催方式が大幅に変更され、ガンバとともに準決勝から登場した第100回の記念大会。鬼木監督はJ3王者のブラウブリッツ秋田を2-0で一蹴した、先月27日の準決勝とまったく同じ先発の11人を大一番へ送り出した。 逆三角形型で組まれる中盤はアンカーで守田英正が、中村が主戦場とするインサイドハーフでは大島僚太と田中碧がそれぞれ先発。前半から川崎が圧倒的に試合を支配し、ガンバが必死に守る展開が続いたなかで、中村は入念にアップを繰り返しながら仲間たちの戦いを見守った。 均衡が破れたのは後半10分。FWレアンドロ・ダミアンのスルーパスを、左サイドから右斜め前方へ走り込んできたルーキー、FW三笘薫(筑波大卒)が巧みにトラップ。ツータッチ目で加速しながらマーカーを振り切り、次の瞬間、対角線上のゴール左隅へ千金の一発を叩き込んだ。 ベンチ横で座ってストレッチを行っていた中村は三笘のゴールを見届けると、大の字になって開場後に初めて訪れた国立競技場の空を見上げた。胸中に抱いた偽らざる思いを笑顔で明かす。 「やっと(ゴールが)決まった、という感じですよ。(試合に)出られる、って」 秋田戦ではリードを2点に広げた直後の後半41分から、大島に代わって等々力陸上競技場のピッチに立っている。ガンバが攻勢に出ざるをえなくなった状況を考えれば、リーグ戦で歴代最多の88得点を叩き出した最強攻撃陣が追加点を奪う確率は高い。 自分が投入される場合はセーフティーか、劣勢に回った展開となる。中村を含めた、チームに関わる全員が前者を思い描いたなかで川崎は追加点を奪えず、逆にシステムを[3-6-1]から[4-4-2]に変えたガンバが、残り10分を切るあたりから主導権を握り始める。 「相手のセットプレーを含めて、最後の10分は隙が生まれてもおかしくない状況でした」 ガンバの圧力が増してきたと感じていた鬼木監督は、後半34分に小林悠と長谷川竜也の両FWを、7分後にはDF車屋紳太郎を投入。さらに後半終了間際にMF脇坂泰斗を送り出した時点で交代枠をひとつ残したまま、延長戦に入らない限りは次なる選手交代ができない状況になった。 「プランとしてはあのまま勝ち切るなかで、後半途中で憲剛を入れる選択もありました。しかし、今日で言えば延長戦まで考えていて、もしそうなればスタジアムの雰囲気を変えられるのは誰なのか。結果として勝てましたが、そういう状況でパワーを生み出せるのは憲剛でした」 以心伝心と言うべきか。ガンバ戦の後半で繰り出された選手交代策をこう説明した鬼木監督とまったく同じ思いを、言葉を直接交わしていない中村も脳裏に駆けめぐらせていた。