「東京のサグラダ・ファミリア」三田の蟻鱒鳶ル、完成へ。建築家・岡啓輔が笑顔で語る奇跡のような20年
仲間たちのもたらす偶然も包み込んで。再開発の波から救ってくれた人たちの存在
―また、蟻鱒鳶ルは大勢の協力者とともにつくりあげたものですよね。「岡組」というか、その集団制作としての側面についてうかがいたいです。 岡:最初は岡画廊関係の仲間たちに手伝ってもらいましたが、お金もないのでほぼ一人で作業していました。ただ、最後の3年間は再開発に参加したことで状況が変わりました。完成の期限や曳屋などの要求を呑むことで、ある程度の工事費が出るようになったんです。それでたくさんの人を呼べるようになりました。蟻鱒鳶ルには図面がなく、時々指示を出すぐらいで、あとはみんなに自由にやってもらいましたね。人に任せるのがどんどん楽しくなり、マエストロのような気分でした(笑)。 とくに工期の最後のほうを担った人たちはかなりの暴れん坊で、たとえば屋上のパラペット(建物の外周部に設けられている低い立ち上がり壁)。仕上げの部分だから本当は僕がやりたかったんですが、再開発への対応で時間を取れなかったので、ほとんど若い人たちに任せるしかありませんでした。潰したペットボトルを型枠にしちゃうとか、僕だったらやらないようなことを平気でやるから心配だったけど、完成した全体像を外から眺めて「いいものができたな」と思えましたね。 ―ハート型のキュートなコンクリート装飾や、鉄製の扉と窓も印象的です。 岡:天井のハート模様のきっかけは、その頃よく手伝いに来ていた早稲田の学生です。彼が朝ニヤニヤしてるから理由を聞いたら、「彼女ができました」と。それで「岡さん、ハート入れましょう、ハート」と言うから、「なんで君の初恋記念を僕の大切な建築に入れるの」とツッコミながらも、結局入れちゃって(笑)。 1階にあるふたつの扉をつくったのは、建築家で工学博士の山口純さん。彼はなんでもつくれる人で、「最近溶接を始めたので、なにかやらせてください」と言うから頼みました。また、鉄の窓枠は建築家の佐藤研吾くんを筆頭に、大工の潮ちゃん、近所に住む有馬さん、主婦の中村さん、美術家の後藤くんらがつくりました。しかもガラスをカットしたのは、蟻鱒鳶ルのドキュメンタリー映画の撮影・編集をしている辻井さんなんです。 聞けば映画の世界に入る前、建具屋で働きガラスを切っていたそう。金属の網入りガラスを曲線でカットするなんて、本職の人でも難しい技術なのに、見事にやってのけましたからね。 ―本当にさまざまな人たちの手が入っているんですね。一方で、蟻鱒鳶ルは三田界隈の再開発の影響も受けてきました。一時はその存続すら危ぶまれたと聞いています。 岡:現在、蟻鱒鳶ルは再開発に協力するかたちで残されることになっています。最初に再開発の話が持ち上がったのは、いまからもう12、3年前。それから蟻鱒鳶ルが解体を免れてきたのも、たくさんの人たちのおかげでした。 岡:まずは古い友人でもあり、弁護士である丸山冬子さんとパートナーの小林大晋さん。ふたりの的確なアドバイスはずっと心の支えでした。丸山さんたちから「広報活動を頑張れ!」とアドバイスをもらい、テレビや新聞などの取材を受けることにしました。 なかでも「タモリ倶楽部」の影響は大きく、それを見た編集者の柴山浩紀さんが連絡をくれ、2018年には『バベる!自力でビルを建てる男』(筑摩書房)を出すことができました。ほかにも、冒険ドラマみたいにピンチを救ってくれるヒーローが次々と現れて、手を差し伸べてくれた。だからこそ、いままで蟻鱒鳶ルをつくり続けることができたんです。