「東京のサグラダ・ファミリア」三田の蟻鱒鳶ル、完成へ。建築家・岡啓輔が笑顔で語る奇跡のような20年
売ったあと、賃貸で住みながらつくり続ける
―そんな再開発の波に揉まれながら、ついに蟻鱒鳶ルの全貌が明らかになりました。SNSやメディアなどでも注目されていますが、移り変わっていく東京の風景のなかにこの建築が建ったことの意義を、あらためてどう思われますか。 岡:強い意志があったわけではないけど、この都市開発の動きには「なんかイヤだなぁ」という思いがありました。このどこかつまらない流れに抗う一本の杭を打つんだという気持ちはずっとありますね。 いま大勢の人が蟻鱒鳶ルを見に来てくれていて。ネットに書かれた感想を読むと、そんな気分がちゃんと伝わってる感覚があります。よく聖坂を通る、昔から顔見知りのおじいちゃんとおばあちゃんも、「変なものができると思ったけど、これはこれでおもしろいじゃない」と言ってくれた(笑)。いいと思ってくれる人が増えるのは、素直に嬉しいですよ。 ―これから曳屋に1年かかるそうですが、それが終わるといよいよ完成ということなのでしょうか。 岡:じつは、それでも完成にはまだ遠いんです。曳屋工事の後、完了検査に向けた工事があり、そのあとも詰めなければいけない箇所がいくつか残っています。さらに、これから僕は蟻鱒鳶ルを売り抜くつもりです。それを新たな資金源にして、最後までこの建築を仕上げたいんですよ。 ただ、建物を売っても、僕が死ぬまで購入者と賃貸契約を結んで、ここに住みながらつくりたいと思っています。2、300年はもつ建築なので、最初の2、30年くらい別にいいじゃないかと(笑)。このプランを現代美術家の杉本博司さんに話したところ、「美術館がアート作品を買うようなものですね」と理解してくれました。2022年から雑誌『月刊 蟻鱒鳶ル売り鱒』を刊行しているのも、その一環なんですよ。 ―なるほど、蟻鱒鳶ルを文化財として販売するという。それこそ2、300年先までこの建築が受け継がれるとして、一体どんなレガシーになってほしいでしょう? 岡:一番の望みは、未来でこんな会話が交わされることかな。 「ねぇねぇ、君はどんな建築が好き?」「私は蟻鱒鳶ルかな」「あんなにショボくて小さいビル? そんなものより、あの100年かけてセルフビルドされた超高層とか、ある一族が300年間つくり続けてる村のほうがすごいじゃん」「バカね。あの建築が全ての原点なのよ」 ……本当にそうなるかはさておき、そのくらい影響を与える建物になってほしいですね(笑)。とにかく、少しでも世の中におもしろい建築が増えてくれればいいなぁ。それが僕の願いなのかもしれません。
インタビュー・テキスト by 中島晴矢 / 撮影 by 鈴木渉 / 編集 by 今川彩香