バンクシーはなぜパレスチナで作品を描き続けるのか?
この時、バンクシーはイスラエル兵士に銃で威嚇されながら、最終的に9点の作品を描き残した。その様子は英国営放送BBCやアメリカのCNN、日本ではNHKがトップニュースとして報道したことで、バンクシーの名前は世界的に知られることになる。 その後、2010年にはドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』を監督してアカデミー賞にノミネートされたり、ディズニーランドを揶揄したアートな遊園地『デイズマランド』を期間限定オープンしたり、オークションハウスで落札直後に《風船と少女》を千切りにしてみせた「シュレッダー事件」で世界的に有名になる。その知名度が上がるごとに、作品や活動の規模も拡大されていったが、それでもバンクシーはパレスチナ問題から離れることはなかった。そして、オークションハウスで取引される自身の作品の値段がどれだけ上がっても、ストリートでゲリラ的に作品を発表するスタイルを現在も貫いている。
ちなみにここ数年、世界各国で”バンクシー展”が開催されてきたが、今夏グラスゴーで開催された公式展『CUT&RUN』を除いて全てアーティスト非公認の展覧会で本人には1円もお金が落ちていないことは明記しておきたい。
そんなバンクシーにとって実質的に"唯一の公式常設展"と言えるのが、2017年にパレスチナ西岸地区にオープンした〈ザ・ウォールド・オフ・ホテル〉、通称「世界一眺めの悪いホテル」である。バンクシーが総合プロデュースして、地元のオーナーが運営する同ホテルは文字通り巨大な分離壁と対峙するかのように位置している。 歩いて5分程度の場所には完全武装したイスラエル兵たちが待ち構える検問所があり、宿泊客は厳しいIDチェックと荷物チェックを受けなければホテルに辿り着くことはできない。ホテルの全ての客室からは、目の前にそびえ立つ分離壁を臨むことができる。そこから見える景色は、アスファルトの分厚い壁を隔ててグロテスクなまでに明確に貧富の格差がある世界が広がっている。 つまりこのホテルはパレスチナ市民の日々の暮らしを抑圧する構造的な暴力を知るダークツーリズムのプロジェクトとも言える。