バンクシーはなぜパレスチナで作品を描き続けるのか?
もうひとつは、ガザ地区の壁に「強者と弱者の対立を傍観するなら、強者の側に立つことになる。それは中立ではない」と走り書きした文字だけのグラフィティ。ブラジルの教育学者、パウロ・フレイレの言葉を引用し、国際社会の欺瞞と無関心がどんな事態を引き起こしたか、空爆で瓦礫と廃墟の町になったガザ地区から訴えたのだった。パレスチナ・イスラエル問題を報じる報道番組が「難しい問題です」と言葉を濁している最中にも、パレスチナのガザ地区やヨルダン川西岸地区では、赤ちゃんからお年寄りまで無差別に多くの市民が惨殺されている現実は今も変わらない。
バンクシーについてたびたび語られるのは“アートで世界を変える”というような力強いフレーズだが、「世界一眺めの悪いホテル」が閉鎖された今となっては、これまで大々的に報道されてきたバンクシーの作品であっても太刀打ちできない現実を突きつけられる。結局どんなに素晴らしい作品だとしても政治や社会状況に影響を受けざるをえないし、アートは侵略や戦争を前にすれば非常に脆弱な“こわれ物”でしかない。結局、社会や世界を変えていくのは人間に他ならない。もしアートに希望があるとするならば、作品を通じて鑑賞者に現実とは別の景色を切り拓いて見せるイメージの力そのものにあるのだろう。
実際にこの作品が描かれた壁は度重なる空爆を受けて、もう跡形もなくなっているだろう。けれど、たとえ作品自体が壊されて物理的に消え去ったとしても、この作品が訴えたイメージは何度でも鑑賞者の頭の中で想起され、さまざまな形で伝えられていくだろう。そのイメージがつなぐリレーと活動の中で、作品は何度でも甦るはずだ。そして、そのイメージからどんな未来を築くのかは私たち次第であることは確かで、それはわずかだとしても、今、私たちが手にしている希望でもある。その現実を決して矮小化してはならない。
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photo_Keisuike Fukamizu text_Toko Suzuki