「アイヌ」として生きていく。90歳の作家・活動家、宇梶静江さんにインタビュー
『アイヌ神謡集』との出合い。63歳で古布絵の世界へ
差別がなくなる世の中にしたい。そのためには平等な社会でなければならない。そう思って活動を続けてきたが、同胞たちに思いが届くことはなかった。掲げた理想とは程遠い状況に悩み続けた約25年間を、「惨めな活動だった」と静江さんは振り返る。 たくさんの挫折を経て、63歳のときに出合ったのが布絵だった。百貨店で開催されていた、古い和服の布きれの展示を見に行ったとき、布で作られた絵を見て「これだ」と思った。暗いトンネルに、突然光が差し込んだような気持ちになった。アイヌの世界を布絵で表現したい。たどり着いたのは、アイヌ民族が口承で語り継いできた物語(ユカラ)をまとめた『アイヌ神謡集』だった。 「アイヌの文化というと、歌や踊りなど、ちょっと浮いたところばかり取り上げられていますが、実はものすごく緻密で深いものなんです。私たちアイヌは、森羅万象、あらゆる動植物にカムイ(神)が宿っていると信じています。植物も虫も、水も火も、人間が作れるものではありません。それらはみんなカムイが作ったものだから、汚したり、粗末にしたりしてはいけない。カムイと対峙して生きるということは、小さな虫一匹に対しても気をつかうということなんです。両親は私たちにアイヌ文化を教え込もうとはしませんでしたが、今思えば、日々の暮らしの中でアイヌの精神性を教えてくれていたんだなと思います。 神謡集では、フクロウをはじめ、カエルやヘビや魚など、動物たちを主人公にした物語を通じて、アイヌの子どもたちに教訓を伝えています。神謡集を読んで、親たちが昔話してくれたことを思い出しました。私はそれまで、あまりアイヌ文化のことを深く考えたことがありませんでしたが、神謡集に出合ったとき、これこそがアイヌの教育だと深く感動しました」 札幌に住む知人のもとに下宿しながら、アイヌ刺しゅうの教室に通い、伝統的なアイヌ手芸の技法を基礎から学んだ。和服の古い布にアイヌの刺しゅうを施し、アイヌの物語の情景を表現する。そこには、二つの民族の共生という願いが込められている。静江さんは、自身が生み出した手法を「古布絵」と名付けた。最初にモチーフに選んだのは、アイヌの村の守り神といわれるシマフクロウだった。大きく見開いた鋭い目には、「私たちアイヌは、まだここにいます」という為政者への強いメッセージが託されている。 「昔、まだ自然が破壊されていなかった頃は、村の身近なところにフクロウがいて、怪しい人物やクマなどが家に近づいてくると、鳴き声で知らせてくれたといいます。フクロウが見張ってくれていたおかげで、昔のアイヌの人たちは危険から身を守ることができました。フクロウはアイヌ語で『カムイチカップ(神の鳥)』といいます。フクロウの神様のことを『カムイチカップカムイ』といって、親たちは敬っていました。 神謡集に出合わなければ、私はただの活動家に過ぎなかった。神謡集を通じて、私は初めて本当のアイヌになることができました。私のアイヌ観は、ここから始まっています」 静江さんの古布絵を見た同胞たちは、アイヌの伝統を破ったと批判した。「人や動物などを具象化すると、悪いカムイの魂が宿る」という言い伝えがあるからだ。アイヌの作品を作ったけれど、同胞たちには見向きもされなかった。辛い経験だったが、一方で静江さんの作品を賞賛し、支援してくれる人もたくさんいた。古布絵作家としての活動が評価され、2011年に吉川英治文化賞を受賞。日本各地をはじめ、海外でも作品展や講演を行い、アイヌ民族の存在を世界に広く知ってもらうことに貢献した。