「素晴らしい旅へ」注射30分で息引き取る、68歳で安楽死した認知症妻 夫「救われた」 安楽死「先駆」の国オランダ(1)
安楽死の要件の一つである「患者の耐え難い苦痛」について、身体的か精神的かは問わない。認知症を巡っては、20年に最高裁が「患者が判断能力を有していた時期に作成した事前指示書があれば、医師は訴追されない」と明示している。
■87%が安楽死支持
19年に公表された世論調査では、成人したオランダ国民の87%が「特定の状況下では安楽死が可能であるべき」と支持した。一方で、風潮に流れない活動もある。
アムステルダム市内で末期がん患者らを受け入れるホスピス「クリア」。白壁に囲まれた10畳ほどの部屋にベッドやソファ、観葉植物が置かれ、大きな窓に面した公園から子供たちのにぎやかな声が聞こえてくる。
1992年にキリスト教会が母体となって設立され、現在は、余命数カ月と診断された患者10人が入居する。平均年齢は73歳。国籍や宗教はさまざまだ。
「命は神に与えられたもの」との理由から安楽死は行わない。「私たちは穏やかに最期を迎えられるケアをする」と、ケアマネジャーのアリヤン・ファン・ビンスベルヘン(56)。自身も安楽死には反対の立場だ。
施設が目指すのは、入居者ごとの生活リズムに合わせた、最期まで可能な限り快適で尊厳のある暮らしの提供だ。痛み止めが効かない患者には、緩和ケアの一環として医療用麻薬も使用する。「死期を早めるわけではなく、あくまで苦痛をとるためのもの。入居者は自然に死を迎えます」
■国民支持「厳格な条件」が担保
オランダの安楽死件数は、法施行直後の2002年の1882件から、23年には約4・8倍に増えた。ただ、全死者数に占める安楽死の割合は、02年で1・3%、23年でも5・4%だ。
法制度の存在は、実際に用いるかどうかとは別に、安楽死を是認する人には一種の安心感を与える。もとより同国では、安楽死に賛成か反対かを問わず、人々は「最期の尊厳」を重視している。
また、スイスなどでは医師らが処方した致死薬を患者が摂取する自殺幇助(ほうじょ)が定着しているが、安楽死を定める法律はなく、刑法上の解釈を根拠としている。対して、安楽死を法制化したオランダは、一定の規律を担保しているといえる。
NVVEのファン・テ・ベイクは言う。「オランダでは安楽死ですぐに死ねると海外で伝えられることもあるが、私たちの制度は厳格な条件の下で実施されている。安楽死はオランダ国民の大多数に社会的に受け入れられているのです」=敬称略(池田祥子、小川恵理子)