「素晴らしい旅へ」注射30分で息引き取る、68歳で安楽死した認知症妻 夫「救われた」 安楽死「先駆」の国オランダ(1)
■膨らむ国民的議論
欧州では2001年のオランダをはじめベルギー、スペインなどで安楽死が法制化され、ニュージーランド、米国や豪州の一部の州でも導入された。フランスでは今年、政局の余波で法案採決が流れたが、英国では10月16日、イングランドとウェールズで安楽死を選ぶ権利を認める法案が下院に提出され、今月29日に1回目の採決が予定される。
尊厳を持って最期を迎える選択肢を求める推進派に対し、自らのことで負担をかけたくない高齢者らの圧力となると懸念する反対派。賛否に揺れるが、少なくとも欧州のこうした国々には、安楽死の是非に正面から向き合う国民的議論がある。
「自分自身の死を見つめる勇気を想像してください。僕は彼女の勇気を誇りに思う」。ヤープは妻の決断に敬意を払う。それでも、かけがえのない存在だった。「今振り返ると、もっと彼女の世話をしたかった。僕のエゴだけれど…」。互いに納得した上で迎えた死だったが、今も涙があふれる。
■法制化を先導
貿易都市として栄えたオランダの首都アムステルダム。街に張り巡らされた運河沿いの一画にオフィスを構える「オランダ自発的安楽死協会(NVVE)」は、同国が世界に先駆けて取り組んだ安楽死の法制化議論に深くかかわってきた。
「私たちはいつ、どこで、どのように死ぬかを自分で決めたい。死の選択の自由の実現を目指してきた」。1973年に設立され、現在は17万4千の会員を束ねる会長、フランシン・ファン・テ・ベイク(47)が説明する。
オランダでの本格的な検討は70年代に始まった。苦痛のあまり死を望む母に医師が致死薬を投与して死なせた「ポストマ事件」を契機に、国民的議論に発展。2001年、通称・安楽死法が可決し、翌年施行された。
23年に実施された安楽死は9068件。60代以上が89・6%を占める。疾患別では、がん(56%)、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など神経系難病(6・6%)のほか、認知症(3・7%)、精神疾患(1・5%)も対象とされる。