「素晴らしい旅へ」注射30分で息引き取る、68歳で安楽死した認知症妻 夫「救われた」 安楽死「先駆」の国オランダ(1)
日本をはじめ世界的に高齢化が進む中、尊厳を貫く手段としての安楽死をどう考えるか。第1部は、世界で初めて国として法制化したオランダの実情を見つめ、人々の思いや課題を考察する。 【画像】スイスで医師が開発した「自殺カプセル」。窒素を噴出して酸欠死させる 「彼女なしでは辛い。だけど、これでよかったんです。彼女の苦しみは安楽死によって救われた。後悔はありません」 オランダの首都アムステルダムの南西約110キロ。海辺の町で暮らすヤープ・デ・フロート(72)は、ほほ笑む妻の写真を眺めながら静かに語った。アルツハイマー型認知症だった妻のヘティは2023年1月16日、68歳で安楽死した。 その日。夫妻は親族らとレストランで昼食をとった後、手をつなぎ自宅まで歩いた。「これが最後だと思うと不思議な気持ちでした」 午後2時、来訪した主治医と寝室へ。ヘティは安楽死の意志を確認する医師の最後の問いかけにもしっかり「はい」と答えた。ヤープは、ベッドに横たわる妻の手を握り、声をかける。「素晴らしい旅を」。永眠のための注射が打たれ、約30分後、ヘティは安らかに息を引き取った。 子供はなく、ヤープは今、2人の結婚指輪を作り替えた2つの輪が重なるペンダントを手元に、思い出が残る家で一人暮らしている。 ■「決定できなくなる苦痛」 優しく好奇心旺盛な妻に異変が現れたのは、結婚40周年を迎えた19年。頻繁に物忘れをする、外出先で待ち合わせ時間に戻らない。そうしたことがいくつか重なった。 妻は同年、夫を代理人とし、安楽死の決定権は主治医に委ねるとした。21年、認知症と診断され、事前書面の作成に取り掛かる。意志表示ができなくなる日のためだった。 《自分で自分の人生を決定できなくなることは耐えられない苦痛》 認知症の自分がなるであろう姿を切々とつづり、決して望まないとした上で、訴えた。 《夫の妻でもいられない。夫とともに過ごし、人生の決断をしてきた。それができないならば、安楽死を求めます》 主治医は定期的に意志を確認したが、症状が進んでも決意は揺るがなかった。22年には会話もままならなくなり、同年11月、主治医は実施を判断。セカンドオピニオンとして第三者の医師も自宅を訪れ、同意した。