「この個体じゃないとダメなんです」というオーナーが、父親から受け継いだフルオリジナル・コンディションのSL320に今も乗り続ける理由とは?
無駄こそが最高の贅沢だと思うようになりました!
物ごころついた時からクルマ好き、しかも家族揃って2ドア・ハードトップ好きという環境に育った櫻井淳さん。しかし父が新車で買ったメルセデス・ベンツ SL320を引き継ぐようになってから、少しずつクルマに対する想いが変わってきたという。 【写真14枚】オーナーが父親から受け継いで今も乗り続けるフルオリジナルのSL320の写真はこちら ◆本当はクーペが好き 待ち合わせた時間は生憎の雨模様。フェイスブックの投稿で前日に入念な洗車をされたのを知っていたので、忍びなく思っていたのだが、櫻井淳さんは1995年型のメルセデス・ベンツSL320から降りるとこんな粋な一言を口にした。 「SLのすごいところは、こういう雨の中を走っても跳ねた汚れが付きにくいこと。まさにブルーノ・サッコ万歳って感じですよね!」 櫻井さんのSLは、89年にデビューしたR129に94年になって用意された3.2リッター直6SOHC24バルブ・ユニットを搭載したモデルだ。“湘南33”のナンバープレートの通り、95年11月に納車されて以来、ずっと乗り続けてきたというフルオリジナル・コンディションに保たれた今や貴重な1台である。 「でも本当はオープンよりもクーペの方が好きなんですよ」と櫻井さんは言う。実は櫻井さんの父は戦後すぐに運転免許を取得、その後東京交通局でトロリーバスの免許も取り「日本の公道で乗れないクルマはない」と豪語する経歴の持ち主。片や母も、自動車整備工場を経営していた家庭に生まれ、昭和30年代に免許を取り祖父のビュイックやオペルを運転していたというクルマ好き。 それゆえ「ウチではクルマはカッコいいもの。カッコいいクルマじゃないとダメというのが不文律」と、櫻井さんが物ごころついた時から、初代ギャラン2ドア・ハードトップ、ニューギャラン・2ドア・ハードトップ、ギャラン・ラムダと三菱のクーペばかり乗り継いできた家庭で育ってきた。 「そういう環境だったから僕もギャランGTOが好きでした。その後76年にラムダが出て一目惚れして、ラムダを買おうと親父に言い続けた。おべっかを使ったり、ラムダの絵を描いたバースデー・カードを贈ったりね。結局77年にラムダが来るのですが、休みに親父と出掛けては人気のないところで勝手に運転していました。高校の頃はお袋より運転が上手かったんじゃないかな(笑)。ちなみに親父がいない時は車庫で動かしたり洗車したり。乗れないから余計触っていたくて毎週のようにワックスをかけてましたね」 その後免許を取った櫻井さんは、念願のラムダに乗るようになるのだが、そのうちにパワーが物足りなくなり、就職して独立すると3代目のポンティアック・ファイヤーバード・トランザムを買い、17年で16万kmを走破した。 「SLは親父が70歳になった時。お袋が親父に“メルセデスを買ってあげる”と言い出して、W124を見に行ったんです。そこで母がディーラーに置いてあったSLのドアを開けた時に、ウインドウが少し下がるインデックス・システムを気に入ってね。ちょうどSL320が出て新車価格も1000万円を切っていたので、これなら買える!とやってきたのが、このクルマなんです」 当時櫻井さんは都内に住んでいて子供が生まれたばかり。ご両親は孫の顔を見るために毎週のようにSLに乗って茅ヶ崎から片道60kmの道のりをやってきたそうだ。 「親父もお袋もオープンというより2ドア・ハードトップとして買ったんだと思います。でも意外とオープンで乗ってましたね。春先にハードトップを外して秋の終わりに付けるみたいな。普通、逆だろって思うけど、幌のリア・ウインドウがビニールなので冬に開け閉めすると、筋が入っちゃう。そういうのはお袋が“みすぼらしい”と嫌いでね。カーポートの関係で右側だけ日焼けしやすいんですが、そういうのも目ざとく見つけて“直しなさい”って」 その後、実家の近くに引っ越した櫻井さんはトランザムを手放し、最近までW205型のCクラスに乗っていたのだが、父が亡くなったのを機にSLを引き継いだ。「最初は金のかかるSLを手放してCが残ればいいやと思っていたけど逆でした。Cは良いクルマだけど、俺たちの知っているメルセデス・ライドじゃない。乗れば乗るほどそう思うようになったんです。他を処分してこれ1台になってもいい。行けるところまで行こうという気持ちになりました。もしこのSLがダメになって、同じのをタダでくれるって言われても嫌。ここまでくるとこの個体じゃないとダメなんです」 ◆雨粒が幌を叩く音が好き ちなみに櫻井さんは新車時から今までの維持管理費など、すべての記録を残しているのだが、購入後29年で消耗品、修理、車検整備費など維持費だけで960万円が掛かった計算になるという。 「数年前まで600万円だったんですけど(笑)。この前、電動トップを替えた時は油圧のシリンダーが12本で100万円。幌も純正だと60万円するので同じ品質のサードパーティーのものにして、それでも工賃込みで40万円くらいかかりました。あと一昨年の車検の時には予防整備でオートマのオーバーホールをして65万円。リビルド品に交換する手もあったけど、やっぱナンバーマッチングがいいだろうって。おかげで出だしのトルクの繋がりがすごくスムーズになった。確かにやった甲斐はありましたね」 そのほかにはスロットル・アクチュエーターとコントロール・モジュールのトラブルがなかなか追求できずにエンジンの不整脈に悩まされたこともあったが、エンジン自体は12 万kmを走っても丈夫で、足回りはショックもブッシュも替えていない。それでもシャキッっとした足捌きを見せるあたりに、オーバー・クオリティと言われた当時のメルセデスらしさが垣間見られる。 「今になってR129買って良かったと思います。ロングノーズ&ショートデッキでフロント・ウインドウが寝過ぎず、リア・ウインドウが立ち過ぎない、ちょうど良い絶妙なバランスだと思う。格好はハードトップが好き。乗るのはオープンが好き。幌を立てた格好が一番好きじゃないけど雨粒が幌を叩く音は好き」 そういう意味でもオープンとクーペを楽しめるSL320は櫻井さんにとって、ベスト・チョイスと言えるのかもしれない。 「昔は4人乗れないという以外、なんでもできるのがSLの魅力だと思っていました。でも今は2人しか乗れないこと、この無駄こそが最高の贅沢だと思うようになりました。犬とクルマはデカくなければダメというのがウチの家訓なんですが、必要以上に効率を追求しない心の豊かさがSLにはある。春の箱根、早朝の都内、夜の高速、どこを走っても気持ちがいいですが、風のない時に屋根開けて七里ヶ浜あたりを流して、ふと振り返った時の海と空の青さは最高ですよ。そして忙しくて乗れない時も週に1回、洗車するだけで満足できます(笑)」 文=藤原よしお 写真=神村 聖 (ENGINE2024年6月号)
ENGINE編集部
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