高校で全国3連覇→大学でスランプに…「勝つことへの“怖さ”があったんです」ハードル女王・福部真子(29歳)はなぜ“消えた天才”にならなかった?
なぜ福部は「消えた天才」にならずにすんだ?
ただ、中学や高校で活躍した「早熟」の選手が、20代になって以前のような活躍ができないケースは少なくない。福部は、その選手たちと何が違ったのだろうか。 「私には悩みをはき出せる環境があって、それを受け入れてくれる人たちがいた」 2020年の冬、練習の拠点を関東から地元の広島に移す前のことだ。 当面は一人で練習するつもりだったため、「引き出しを多くしたい」と、2人のトップハードラーを訪ねた。寺田と、青木益未(七十七銀行)だ。 どんな練習を、どのような意識でやっているのか。自分がスランプに陥っている状況も伝え、教えて欲しいと先輩たちに頼み込んだ。すると2人は、何一つ嫌がらずに、それぞれのノウハウを共有してくれた。 「そこまで考えているんだって、びっくりしました。それまでは寺田さんも青木さんも、センスがあって、足が速いからすごいと思っていたけど、深く考えていた。足首を固めるとか、どの筋肉を使うとか、細部にまでこだわっていることを知って、そこまで考えないといけないのだと自分の意識も変わりました」 何より大きかったのは、浮上の兆しが見えない自分に、トップクラスの2人が手を差し伸べてくれたことだ。 活躍できなかった大学時代、中学や高校までは声をかけてくれていたメディアから、見向きもされなくなった。自分の存在価値を否定されているようで、「人間が一番、怖い」と感じた。だからこそ、自分を受け入れてくれた2人への思いは格別だ。 「駄目な時に近くにいてくれる人を大事にしなきゃいけないし、忘れちゃいけない。あの2人は苦しい時に受け入れてくれて、一緒に練習してくれて、話を聞いてくれた。その恩は忘れません。今は寺田さんと青木さんのタイムを超えているけど、選手として超えたとは1回も思ってない。でも、いつかは超えられるように、私も頼ってきてくれる人のことは受け入れたい」 「本当は、そんな余裕はない」というのが本音ではある。「正直、ずっと1番でいたいし、できれば誰にも上がってきてほしくない(笑)」。それでも「あの2人がそういう雰囲気を作ってくれたのが、女子ハードルの始まりだったので」。 福部には頼れる人がいて、壁を越えることができた。 でも、世の中には、「早熟」から抜け出すことができない選手がまだ数多くいるはずだ。そんな選手たちにメッセージを送るとしたら、何を伝えるか。 福部は「楽な道は選ぶな」と話す。 「選択を迫られた時に、茨の道を選ぶことを勧めます。早熟のタイプはポテンシャルがあるから、なぜだかわからないけど記録が伸びたっていう選手が多い。楽な道は、最初から道標や万全のサポートがある。そっちではなく、常に自分と対話して、助けてくれる人を自分で見つけて、その人を大切にして、そういう人をどんどん増やしていくべき」
「いまの環境からは逃げても良い。でも…」
そして続ける。 「今苦しければ、その環境からは逃げてもいいんです。でも、打開策を見つけることからは、逃げるなって言いたいですね」 「エリート街道」だけを歩んでいては、気づかなかったことがある。競技引退後は、自分の経験を還元するため、同じように苦しんだ女性選手を手助けする仕事がしたい。 今は、そんな夢も描いている。 <次回へつづく>
(「オリンピックPRESS」加藤秀彬(朝日新聞) = 文)
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