効率化が教師を奪う教育現場の現状を直視し、未来を見据えた提言―鈴木 大裕『崩壊する日本の公教育』中村 桂子による書評
“私が教職を去るのではない。/『教師』というしごとが私から去っていったのだ。” 40年のキャリアを持つ米国の教師が書いた辞表は、全米の教育関係者の共感を呼んだ。公教育に市場原理を取り入れ、点数での競争を軸にした結果、米国の公教育は荒廃した。今日本が、まさにその後を追っている様子が詳細に語られる。効率と生産性だけが求められる教育現場では、人が人でなくなっていくのである。 政治の教育への介入により、校長の指揮命令下で行われる業務が優先され、教員による自主的・自発的・創造的業務は労働時間とされないという実情は、教師というしごとを消している。大阪の小学校長が「豊かな学校文化を取り戻し、学び合う学校にするために」という提言を市長に提出し、教師を取り戻そうとして話題になったが、文書訓告で収められた。 「真に理性的な社会では、最も優秀な人間が教員になって、他の人間はその他の職業で我慢するしかない」(リー・アイアコッカ) そのために生命の営みの中で教育を捉え直し、社会を支えている一人一人の力で動きを変えようという著者の言葉に賛同する。 [書き手] 中村 桂子 1936年東京生れ。JT生命誌研究館館長。生命誌という新しい知を提唱。 東京大学理学部、同大学院生物化学博士課程修了。 [書籍情報]『崩壊する日本の公教育』 著者:鈴木 大裕 / 出版社:集英社 / 発売日:2024年10月17日 / ISBN:4087213358 毎日新聞 2024年11月30日掲載
中村 桂子
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