コーヒーで旅する日本/九州編|組み合わせの妙を「Peace Ave.」に見る。バーテンダーならではの多様性の表現法
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州・山口はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州・山口で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真】ジャパニーズエスプレッソマティーニ(1650円)。味噌、鰹節の香り、みりんの旨味をプラスしたオリジナルコーヒーカクテル 九州編の第109回は福岡県北九州市にある「Peace Ave.」。前回の記事で紹介したLittle O coffee&donutが店舗を間借りしているバーだ。オーナーを務めるのは、コーヒーをベースとしたカクテルの創造性と技術力を競うジャパン コーヒー イン グッド スピリッツ チャンピオンシップ2019(JCIGSC)で全国6位、北九州カクテルコンペティションでは3年連続で優勝に輝くなど、バーテンダーとして誰もが認める高い技術を持つ石井純平さん。 もともとコーヒーショップから飲食の道に入り、その後バーテンダーとして本格的に腕を磨いた経験から、“自分ならではのカクテルを”とコーヒーカクテルのアレンジ、技術力向上に力を入れてきた。そんな石井さんはもともと「COFFEE BAR J」という店を2018年1月に立ち上げ、2022年12月に「Peace Ave.」をオープン。最初の店は屋号通り、“コーヒー×バー”を打ち出したが、2店舗目は屋号も平和通りという場所にちなんだシンプルなもので、どんなバーなのかパッとはイメージできない。ただ、石井さんは「現時点では『Peace Ave.』が、自分が今やりたいことを表現できている場」だと語る。その真意とは。 Profile|石井純平(いしい・じゅんぺい)さん 福岡市出身。福岡市のカフェで働き始め、25歳のときに、バーテンダーの技術を学ぶべく、北九州市のバーの門を叩く。修業をしたのは日本バーテンダー協会にも加盟していたようなオーセンティックなスタイルのバーで、ここでバーテンダーとしての土台を築き、独自にコーヒーを用いたカクテルを探求。北九州カクテルコンペティション3年連続優勝、ジャパン コーヒー イン グッド スピリッツ チャンピオンシップ2019で全国6位など、競技会でも輝かしい成績を残す。 ■クラシックカクテルを独自にツイスト 「Peace Ave.」は読んでそのまま、店がある北九州市小倉北区の平和通りの意味。地下1階と目立たない立地かつ、オープンしてまだ2年程度だが、すでに多くの常連に愛されているバーだ。 その理由は種類豊富なカクテルメニューに加え、クラシックカクテルでもなにかしら一つひねりを加えていたり、音楽や映画、日本をテーマにしたカクテルをプッシュしていたり、オリジナリティあるメニューを多数ラインナップしているから。中でもサンダルウッドとパロサントのエレガントかつノスタルジックな香りをまとわせた、見た目にも秀麗な「ピンクホワイト」(1760円)、トンカ豆の華やかでスパイシーな香りとアマレットの甘さに煙を添えた「スモーキン ゴッドマザー」(1540円)といったオリジナルカクテルは特に人気が高い。 そして石井さんのバーテンダーとしての一つのアイデンティティとなっているのがコーヒーを用いたカクテル。コーヒーカクテルの定番「エスプレッソマティーニ」だけでもスモーキー、ジャパニーズ、白檀など5種をラインナップ。ほか、コーヒーカクテルの王道「アイリッシュコーヒー」(1320円)、グアテマラのコーヒーとラム、スパイスを合わせた「グアテマラシンフォニー」(1430円)、バナナ×ラム×コーヒーの「ハバナバナナエスプレッソ」(1540円)など、さまざまなメニューを用意し、なにをオーダーしても外さないと評判だ。 このアレンジ力は、石井さんがもともとバリスタで、その当時からコーヒーについて学びを深めてきたことが大きい。 「この産地のコーヒー豆には、このスピリッツが合うだろう。さらにそこにこんな香りをまとわせたら飲み物としてもっとおいしくなるはず」 こんな思考で作り上げるコーヒーカクテルは味わいの完成度の高さはもちろん、何かしらの驚きを与えてくれる印象。「コーヒーは普通に飲んだ方がおいしい」と思っている人にこそ試してほしい一杯がそろっている。 ■バーテンダーの思考でコーヒーはもっとおいしく 「Peace Ave.」がユニークなのはバーではあるが、ハンドドリップコーヒー(880円~)、アメリカーノ(660円)、カフェラテ(770円)などを用意し、コーヒーだけの利用も大歓迎なところ。チャージ料(550円)はかかるものの、普通に喫茶感覚で利用できるスタイルをとっている。 「ハンドドリップコーヒー880円~と、一般的なカフェや喫茶と比べると若干高めの価格設定にしていますが、これにも少し意味があります。この価格をつけることができるのは客単価がカフェや喫茶よりも高いバーならではで、それによって高単価の豆を贅沢に使うことができます。当然それによってお客さまに対して新しい味わい体験を提供することができる。このような理由もあって、バーがコーヒーにこだわりを持つことは非常にメリットが大きいと感じています」と石井さん。なるほど。確かにそれはあるかもしれない。 実際、「Peace Ave.」ではアナエロッビックファーメンテーション、ダブルファーメンテーション、カーボニックマセレーション、イーストファーメンテーションなど、生産処理にひと手間かけて独特なフレーバーを持たせた豆を積極的に用いるなど、一口目から驚かされる味わいを体験を大切にしている。 さらにレコメンドしてくれたLittle O coffee&donutの小川さんも話していたように、石井さんは今、独自のロースタリーブランドを立ち上げるために動いている。 「まもなくLittle O coffee&donutの小川くんと一緒に、『BLENDA』というロースタリーブランドを立ち上げます。ブランド名通り、ブレンドに特化しようと考えていて、商品名からパッと味わいをイメージできるような商品展開にしていこうと小川くんと話しています。なんとなくブレンドコーヒーって、『とりあえずブレンド』『いわゆる普通のコーヒーでしょ』のようなイメージで軽く見られがちだなーと感じていて。そうじゃなく複数の豆を混ぜることで『こんな味わいになるんだ!』『初めて口にする味わい』のように驚きを与えるものにしていきたい。そのために仕入れ値は上がりますが、変わった生産処理を施して味わいに複雑味を持たせた生豆も積極的に使っていこうと考えています。極論、フルーツなどと一緒にチェリーを漬け込んでフレーバーをコーヒー豆に移すインフューズドコーヒーでもおいしければ、僕的にはありだと思っています」 この柔軟な考え方は、ベースとなるお酒にさまざまな副材料を混ぜて、おいしい一杯を生み出すバーテンダーならではだろう。コーヒーの多様性を自身が今まで培ってきた経験を武器に発信・提供する石井さんならではのスタイル。2025年1月には『BLENDA』から初のブレンドをリリース予定だ。これから石井さんと小川さんの2人でアイデアを出し合い、どんなブレンドを展開していくか期待が膨らむ。 ■石井さんレコメンドのコーヒーショップは「ASLAN Coffee Factory」 「北九州市小倉南区にある『ASLAN Coffee Factory』さん。オープンして数年経ちますが、ここ1、2年でめちゃくちゃおもしろい豆をラインナップし始めて、これからますます注目を集めるロースタリーだと感じています。全国的に見ても珍しい生豆を、仕入れ値は高くても扱うなど、チャレンジングな姿勢に共感しています」(石井さん) 【Peace Ave.のコーヒーデータ】 ●焙煎機/Ailio BULLET ●抽出/エスプレッソマシン(VIBIEMME)、ハンドドリップ(HARIO スイッチ) ●焙煎度合い/浅煎り~中煎り ●テイクアウト/なし ●豆の販売/100グラム1350円~ 取材・文=諫山力(knot) 撮影=坂元俊満(To.Do:Photo) ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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