23歳差の恋はアリかナシか⁉ 倫理観を揺さぶる『メイ・ディセンバー ゆれる真実』
映画の前半はグレイシーに目が行きますが、物語は徐々にジョーへとフォーカスを移していきます。 かつて幼くして「恋に落ちた」グレイシーを大切に思い、今では家族思いの良き父、良き夫であるジョー。しかし、彼が息子と初めてのマリファナを吸うシーン、あるいは双子の兄妹が卒業式を迎えるシーンで見せた複雑な表情には、胸をしめつけられます。自分には経験できなかった青春時代を生きる子供たちの姿に、彼は何を思ったのでしょうか。 ジョーがグレイシーと関係を持ったとき、13歳でした。グレイシーは「当時の自分よりジョーの方が経験が豊富だった。私は夫しか知らず、守られて育った」と自分の無垢さを強調します。しかし、13歳の少年がいくら家庭の事情などもあり大人びていたからと言って、その決断に全責任を負わせることができるものなのでしょうか? ジョーは、自分が常に被害者のように扱われてきたことに対して苛立ちを隠しません。グレイシーとの愛は本物なのだと。一方で、ジョーは個体の減少が危惧されている蝶の幼虫を熱心に育てています。幼虫がサナギになり、成虫となって羽を広げて羽ばたく姿を嬉しそうに眺めるジョー。これは、あまりにもわかりやすいメタファーと言えますが、ジョーの複雑な心中を察することができるというものでしょう。 そして、役作りのためと称して、グレイシーの内面にぐいぐい踏み込んでいくエリザベスの合わせ鏡のような描写にも心をざわつかせるものがあります。彼女はグレイシーの本質をつかみ、ジョーとの関係、結びつきを理解できたのでしょうか。これについては、私自身はエリザベスはあまり大した女優ではなさそうだという印象を抱いたのですが、この辺はヘインズ監督による、この手のスキャンダルを題材にしがちなハリウッドへの身内批判を含んでいるとも読めるかもしれません。 劇中、ロミオとジュリエットの名前も登場しますが、36歳の女性と13歳の少年の恋が犯罪ではあっても、偽物だと他者が決めつける権利もないのでしょう。一方で、このような問題における未成年の「同意」については、近年もさまざまな議論がなされています。私は当時も今も、グレイシーとジョーが対等の関係にあるとは到底思えない点に最も引っかかりを感じます。そこには歪な不自然さが感じられて、自分の中の倫理観を揺さぶられます。皆さんは、この物語をどのように感じるでしょうか。 グレイシーの隠された本心に迫ろうとするけれど、つかみどころのない彼女の迷宮で方向性を見失うかのようなエリザベス。果たして、映画の役作りは成功するのか? ポートマンとムーアのオスカー俳優同士の共演も大きな見どころだ。
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』7月12日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
監督:トッド・ヘインズ 原案・脚本:サミー・バーチ 出演:ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーア、チャールズ・メルトンほか 配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2023. May December 2022 Investors LLC, ALL Rights Reserved. ●ライター 今祥枝/Sachie Ima 『BAILA』『日経エンタテインメント!』『クーリエ・ジャポン』などで、映画・ドラマのレビューやコラムを執筆。米ゴールデン・グローブ賞国際投票者。著書に『海外ドラマ10年史』(日経BP)。