夫夫(ふうふ)として生きていきたい―― 親にカミングアウトしたゲイカップル、結婚式を挙げるまで
結婚式を挙げて、周囲に認めてもらうために
それまで誰かに恋心を持っても、自分の気持ちを伝えてこなかった隼人さんだったが、クリスマスイブの日、ついに貴文さんに思いを告白。翌日にはOKをもらい、つきあい始めた半年後には同棲を開始した。互いに思いを募らせる中で、今度は貴文さんが、隼人さんの誕生日にプロポーズをすることを決意する。
日本では、同性婚が認められていない。ゆえに2人は、結婚式を挙げることで周囲に認めてもらいたいという強い願望を持っていた。家族や友人たちもたくさん呼んで、祝福を受けたい。しかしながら、隼人さんはまだ誰にもカミングアウトしておらず、貴文さんも友人にはカミングアウトしているものの両親にだけはゲイであることを伝えていなかった。 友人たちも結婚式に参加してほしいと考えた隼人さんは、最初に、幼なじみの女友だちに自分がゲイだと打ち明けることにした。隼人さんは、これまでカミングアウトすることに強い抵抗感を持ってきたものの、ゲイだと伝えても、女友だちとの付き合いは以前と変わることはなかった。隼人さんは「気にしているのは自分だけなのかな?」と思うようになった。
隼人「すでに『‟友だち“として紹介していた貴文と、結婚したいんだよね』と伝えたんです。いけるかなと思って母親の顔を見たら、この世のものとは思えないくらい引かれて。それから言い合いになって、最後には『あんたなんか産まなきゃよかった』ぐらいまで言われてしまいました」 たとえ親と縁を切っても、貴文さんと一緒になりたい。そう決意していた隼人さんは「今まで育ててくれて、ありがとうございました」という言葉を残し、泣きながら家を出た。絶望感に押しつぶされる中で、隼人さんは貴文さんに電話をかける。 貴文「隼人は泣きながら電話をかけてきて、すごく落ち込んでいる様子でした。でも、お母さんはお母さんで考えもあって、受け入れがたい部分もあるだろうと僕は思いましたし、たぶん時間が解決してくれるだろうなと考えていました」 その日、隼人さんのカミングアウトを受けた母親は、「本当に頭の中が混乱した」という。うちの子に限って、まさか……。世間体が気になり、最初は「恥ずかしい」「差別されるかもしれない」という思いにとらわれ、夜も眠れずに、泣き続ける日々を過ごした。「ゲイでない子に産んであげられれば、息子が苦しむことはなかったのに」と自分自身を責めることもあったという。