【いま行くべき究極のレストラン】評判のスペイン料理店を訪ねて鎌倉へ
この日、私がいただいたのも、長谷川さんの魚を数多く使った相模湾魚介スペシャルコース「コース・マリスコ」。茄子や赤玉ねぎを使ったスペイン風ピザ「コカ」にいわゆるアンチョビを乗せた「アンチョア・コカ」でスタート。ピンチョスと呼ばれる美食都市サンセバスチャン特有の前菜盛り合わせには、私の好きなシコイワシの酢漬け、タコのガリシア風、マッシュルームの生ハム詰めオイル焼き、アオリイカの墨煮など8品が乗る。シコイワシの酢漬けは完全に私の好み、タコのガリシア風も気に入った。 その後も、鱧やメカジキ、イバラガニのピキージョ、チピローネス(子イカ)、キジハタなど、相模湾の新鮮な魚をスペイン風に仕立てた皿が続く。私は40年ほど前からスペイン料理が大好きなのだが、ピキージョやチピローネスといった郷土料理を洗練した皿に昇華させるシェフの腕前に舌を巻いた。
そしてメインはパエリャ。日本ではスペインを代表すと思われているが、もともとは南部バレンシア地方の郷土料理で、現地ではバルでは出されない。メニューに載せない店も多いため、日本のスペイン料理人にはパエリャ賛成派と反対派がいるが、酒井シェフは「美味しければいいと思っているので」賛成派。私も米好きの日本人に出さない手はないと思っているから賛成だ。 アンチョアのパエリャは、店で使った魚の骨やあらをふんだんに使ったスープだけで炊いたもので、具の乗らないシンプルなもの。しかし、魚介類の味を米がしっかり吸って、芳醇な旨みになっている。また、アイオリと呼ばれるニンニク風味のマヨネーズが抜群で、途中からこれを混ぜ込むとさらに味わいが深くなる。私は普段、あまり炭水化物を取らないほうだが、お代わりしてすべてを平らげてしまった。 最後にデザート2種でコースは終了。アンチョアには、ほかにもコースはあるが、せっかく行くのなら、長谷川さんの魚をたっぷり使う「コース・マリスコ」がおすすめ。スペインワインに精通したベテランソムリエと相談しながら時間をかけてディナーを楽しみ、近辺で一泊。翌日も鎌倉周辺のデスティネーションレストランを回っていただきたい。 最後にとっておきの情報を。私が一番好きな天ぷら職人がいま、独立を目指してこの周辺で物件を探していると聞いている。鎌倉のガストロノミーツーリズムはますます面白くなっていきそうだ。 anchoa アンチョア 住所:神奈川県鎌倉市御成町2-14 BY KOTARO KASHIWABARA 柏原光太郎 ガストロノミープロデューサー。文藝春秋で「文春マルシェ」創設を経て、「日本ガストロノミー協会」会長、「食の熱中小学校」校長、「Luxury Japan Award 2024」審査委員などを務める。近著に『ニッポン美食立国論 ―時代はガストロノミーツーリズム』。 本連載の執筆者・柏原光太郎氏の新著が好評発売中。長年のキャリアに裏打ちされた確かな視点でグルメの現代史を振り返りながら、一度は訪れたくなる東京のレストランを多数紹介。 『東京いい店はやる店』 新潮新書 ¥858