“自己満”回顧録を出したメルケルに下される辛辣な評価、「ドイツを破滅させた」「避ける、遅らせる、先送りする」
(国際ジャーナリスト・木村正人) ■ メルケル氏の回顧録『自由』 [ロンドン発]旧東ドイツで育ち、ドイツ初の女性首相として統一した祖国を16年間導いたアンゲラ・メルケル前首相(70)が回顧録『自由 記憶1954~2021年』の中で世界金融危機、欧州の債務危機、難民危機、ウクライナ紛争、英国の欧州連合(EU)離脱を振り返っている。 【写真】2007年1月、ソチでプーチン大統領と会談したメルケル首相(当時)とプーチンの愛犬のラブラドール・レトリバー。回顧録では、この大型犬をメルケル氏が嫌がるのを見てプーチンは大喜びしていたと述べ批判している 米ワシントンの出版記念イベントではリベラルの盟友バラク・オバマ元米大統領がゲストに招かれた。だが国際社会の現状を見渡せば、人種・性差別発言を連発し、孤立主義、保護主義の傾向を強めるドナルド・トランプ米次期大統領が復活。ウクライナを侵略するウラジーミル・プーチン露大統領も息を吹き返す。 世界では地政学的リスクが高まり、自由民主主義・リベラルVS権威主義・保守の対立が先鋭化、人種、ジェンダー、気候変動でも分断が深まる。リベラルの旗手だったメルケル、オバマ両氏はいまプーチンや習近平中国国家主席の拡張主義を止められなかった責任を問われている。 英紙フィナンシャル・タイムズの辛口コラムニスト、ギデオン・ラックマン氏は「汚されたメルケル・オバマ時代の遺産」と題したコラム(12月2日付)で「ロシア、中国、シリアの侵略行為に対応できなかったことが今日の不安定な世界を作り出した」と批判している。
■ それでも私は正しかった メルケル氏の回顧録について、ラックマン氏は「この本のタイトルは『後悔はない』だ。彼女は16年の政権運営を振り返り自分は正しかったと主張している。しかしメルケル・オバマ時代の国際的な遺産は時間の経過とともにますます疑わしくなってきている」と断罪する。 「性格が似ているメルケル、オバマ両氏が意気投合したことには驚かない。2人はドイツ初の女性首相と米国初の黒人大統領というアウトサイダーだ。後知恵だが、彼らの慎重な合理主義はプーチンや習近平氏のような強権的指導者に対処するのに適していなかった」(ラックマン氏) 数々の危機と英国のEU離脱を乗り切ったメルケル氏の調整能力と安定感は、いまでは「不作為」と断罪されている。キリスト教民主同盟(CDU)という保守政党の指導者でありながら左派的だったメルケル氏の回顧録にはリベラル復権と「それでも私は正しかった」という自己肯定の狙いがある。 オバマ氏はシリアの化学兵器使用を巡るレッドラインを守らず、中国の南シナ海軍事要塞化を黙認。メルケル氏は安価なロシア産天然ガスを優先するあまりクリミア併合やウクライナ東部紛争後もプーチンに宥和的な態度を取り続けた。中国とは合同閣議を開くほどの蜜月ぶりだった。