旧優生保護法下の不妊手術強制は“違憲”「画期的な最高裁大法廷判決」
■戦後最大の人権侵害 私は、障害者らを対象に不妊手術を強制したことは、戦後最大の人権侵害だと思います。被害者はもともと激しい差別を受け、そのうえ「不良な子孫の出生防止」というとんでもない趣旨の法律によって子供を持つ権利を強制的に奪われ、中にはだまされて手術をされて、被害を受けたことさえ知らない人もいたわけです。被害を名乗り出ることが極めて困難な中、「20年経ったので訴えることはできません」と裁判所が排除することはどう考えても不当ですよね。 それなのにこれまで、こうした不条理なことが続いてきました。さらにいえば、最高裁は1989年、「当事者がどのような事情を訴えようとも、裁判所は時の経過で請求権が消滅したと判断すべき」、つまり「どんな事情があろうとも、20年経ったら訴える権利はないと判断すべきだ」という見解を示し、これが最高裁判例として地方裁判所や高等裁判所の判断を拘束してきました。司法は国民を守るためにあるはずなのに、こんな冷酷な考え方を示してきたことを、ここで厳しく指摘する必要があると私は思います。 大法廷判決の中では「除斥期間の経過で国が賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反する」と明確に述べていますが、それだけひどい人権侵害だったということです。普通の感覚からすれば当然のことですが、要はこれまで普通ではなかったということかもしれません。 ■これまで“8対7”で割れていた違憲判断 今回私が注目するのは、裁判官15人全員の一致した憲法違反の判断だったということです。最高裁の裁判官はいろんな出身の人で構成されています。裁判官出身が6人、検察官が2人、弁護士が4人、このほか学者や行政官がいます。この「裁判官と検察官で8人、15人の過半数」というのがポイントです。 私が最高裁を担当したのは1995年から96年にかけてですからずいぶん前になるのですが、私には、最高裁には違憲立法審査権、つまり国会で成立した法律が憲法に違反していないかチェックする権利のことですが、この行使に極めて抑制的で、国会への介入との指摘を避けがちな姿勢があると感じていました。特に、裁判官と検察官出身者にこの傾向が顕著でした。