朝ドラ『虎に翼』34歳俳優の「日本映像史に残すべき名場面」。本作でもっとも慎ましく、美しい瞬間
自責の念から発せられたもの
さすがに気になった寅子がそのあとの座敷席で航一に「航一さんは戦時中に何か……」とたずねる。すると航一は静かに人差し指を唇にあてて「秘密です」とだけ答える。この短い一言が、「ごめんなさい」と連動しながら、岡田の繊細な発声は極まる。以降、ひとまず棚上げになった「ごめんなさい」の意味については、第90回で明かされる。 場所はもちろんライトハウス。つっけんどんな判事補・入倉始(岡部ひろき)も連れて入店すると、カウンター席には杉田兄弟が。自分の固定席がうまっていることを一瞥して確認した航一が、少し控えめなしかめっつらをする。実はものすごく素直な人なのだ。 ならばこの際、すべてを吐き出してしまったらいいのかもしれない。航一が口外せずにひとりしまいこんでいたこと……。第89回ラストの「ごめんなさい」を口火として、第90回冒頭の黒み画面にもう一度「ごめんなさい」が響きながら、ゆっくり息を吐いて語り出す。 それは彼が、戦時下での総力戦の「本質」を探るために内閣が設置した総力戦研究所の一員だった過去だ。机上演習の結果、日本の敗戦は予測できたのに、日米戦に突入した政府をとめられなかった。だから自分には大きな責任がある。「ごめんなさい」は、「だから謝るしかできないんです」と言う自責の念から発せられたものだった。
日本の映像史のアーカイブに残すべき雪景色
ひと息に話し終えた航一は必死で涙をこらえて鼻をすすりながら「外で頭を冷やしてきます」と言って店の外へ出る。雪が降っている。航一の靴が踏み締める雪の音。コートは片手に、寒々しい冬の外気にひとりつつまれる。 寅子が様子を見にくる。雪景色の中に立ちつくす航一が「こいつ急にベラベラ喋るなって思いました?」と静かにたずねる。その背中を見た寅子が「馬鹿の一つ覚えですが、寄り添って一緒にもがきたい。少しでも楽になるなら」と言う言葉を聞き終える直前で、航一はがたっと泣き崩れる。静寂をやぶってむせび泣く彼の背中を寅子が優しくさすってやる。ただたださすってやる。不思議と雪がやんでいる。 週が変わって、第19週第91回冒頭は、店外場面の続きから。航一が立ち上がると、寅子も立ち上がる。寅子のほうを向いて「落ち着きました。ありがとうございます」と頭を下げる。引きの画面。向かい合う二人にカメラがポンと寄る。カウンター席では隣同士で並んでばかりいたから、向き合った画は何だか久しぶりでもある。 ひとりで背負っていたものを一緒に共有し温められる存在を得たことを確信した航一が聞く。「佐田さん、今度の休日は何を?」。寅子のアップ。「特に予定は」。「ではお会いしに行っても?」と言う航一の意表をつく疑問形に、「えっ、何をしに?」と寅子。航一のアップが写り、「何をしに?」と思わず同語反復……。 寅子さん、そこは察してあげなさいよ。こういう寅子の鈍さ、明律大学で法律をともに学び、いっときは好き同士のような雰囲気になった花岡悟(岩田剛典)との関係性を思い出す。 さかのぼること、第6週第30回。女性初の弁護士になった寅子を花岡が祝福する場面でもツーショットから素晴らしい顔のアップが丁寧に抜かれていた。 そうした類似を思い返しながら、雪がやんだ冬景色にたたずむ航一と寅子を見て、あぁこの瞬間のために毎週見てきたんだなと。実は雪景色を撮影するのは想像以上に繊細な技術が必要なのだ。 それだけに本作でもっとも慎ましく美しい瞬間を感じた。これは間違いなく、日本の映像史のアーカイブに残すべき雪景色だ。 <文/加賀谷健> 【加賀谷健】 音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu
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