朝ドラ『虎に翼』34歳俳優の「日本映像史に残すべき名場面」。本作でもっとも慎ましく、美しい瞬間
航一の思わぬ心境の変化
客観性を裏打ちする発声の中にもちょっとした主観のニュアンスを混ぜる航一の心の機微は繊細である。 「どうしても被告人側、差別を受けている方たちに気持ちによってしまいます」と吐露する寅子に対して航一は言う。「すべての事件に公平でいるなんて無理ですよ」。航一もまた生身の人間なのだ。 航一にとって寅子の存在は大きい。私的な気持ちを決して外に出してこなかった彼の心がどんどん開いていく。寅子が東京の家庭局から異動になった新潟篇は、この変化の過程を見つめることとほとんどイコールでもある。 第87回、航一が足繁く通う喫茶・ライトハウスを手伝うようになった元女中・稲(田中真弓)から、寅子がいかに開心術に優れた人物だったかを聞いて、思わず「なるほど」とつぶやく。声量をしぼりこんだこの「なるほど」は、思わぬ心境の変化に対する本人の驚きを静かに物語る。
声をふるわせた「ごめんなさい」の意味とは?
寅子にとっては明律大学女子部時代からの学友である桜川涼子(桜井ユキ)が営むライトハウスは、常連客の憩いの場であり、航一のゆるやかな変化をリアルタイムで確認できる場所でもある。たとえば、入店してすぐ航一がちょっと視線を動かすだけで、その瞬間の彼の気持ちは筒抜け。 航一はカウンター席を定席にしているが、この席なら看板メニューのハヤシライスがくるまでの間、隣に座る寅子と涼子の会話に耳を傾けていられる。黙っているだけでも航一は楽しげだ。 地元の弁護士・杉田兄弟との親交を深めるために寅子が麻雀に挑戦するのも嬉しい。麻雀は航一にとって「拠り所」だからだ。自分の「拠り所」を通じた寅子との交流によって心はもっと開ける。第17週第85回、杉田兄弟の兄・杉田太郎(高橋克実)が主催する麻雀会場面は大きなターニングポイント。 会合には寅子の娘・優未(竹澤咲子)も参加するのだが、優未をひと目見た太郎が戦死した孫娘の面影を感じておいおい泣き始める。航一はとっさに太郎をぎゅっと抱きしめ、「ごめんなさい」としきりに謝る。 あれだけ客観的で冷静だった航一が、あまりよく思っていなかったはずの人物を相手に、どうして声をふるわせて感情移入したのか。そこに込められる謝意の意味とは?