堀内太郎が3名のアーティストと制作。表現者の日常に着想を得た新しいワードローブのかたち
アーティストの仕事や日常から浮上する利便性や嗜好性
ファッションデザイナー堀内太郎が手掛ける「th products(ティーエイチプロダクツ)の新プロジェクト「アーティストワードローブ」。堀内が注目する表現者とコラボレーションし、その仕事やそれに連なる日常に着想を得たワードローブを共に制作する試みだ。 【写真の記事を読む】設計者の中村圭佑、音楽家・アーティストの蓮沼執太、画家の佐藤允。3人の表現者と堀内太郎が語るコラボプロジェクトの裏側。
「th productsで継続的に制作している服は、僕自身の日常生活の中で考えるユニフォームをテーマにしていました。膝をついてモデルフィッティングなどの作業する時もありますし、クライアントとお堅いミーティングをするときもあって、いつも考えているのは、さまざまな状況や場に馴染む事のできるシームレスな服。それを、僕とは異なるジャンルの表現者、異なる職業の人たちの視点を交えると、どの様な物が生まれて来るか。それが今回のプロジェクトの起点となった考えですね」と堀内。 この12月末から1月にかけて発売される第1弾は、設計者の中村圭佑、音楽家・アーティストの蓮沼執太、画家の佐藤允がコラボレーターとして名を連ねた。 中村は、イッセイミヤケやシボネ、ノットアホテルなどの空間デザインを手掛けてきた設計事務所「DAIKEI MILLS(ダイケイミルズ)」を率いる設計者でありデザイナー。都市の空きスペースを占有し、クリエイティブなスペースとして一般に開放するプロジェクト「SKWAT(スクワット)」の発起人でもある。 蓮沼は、個人での制作活動と並行して、現代版フィルハーモニック・ポップ・オーケストラ「蓮沼執太フィル」を組織して、国内外での公演、映画、演劇、ダンスなどの音楽プロデュースも手掛けてきた。近年は、映像、サウンド・インスタレーションなどの作品も発表している。 そして、佐藤は、国内外で広く注目を集める画家。これまで、日本、ニューヨーク、ブリュッセルなどで個展を開き、光州ビエンナーレや横浜トリエンナーレといった国際展にも参加してきた。 実は、堀内を含め、プライベートでも仲がいいという4人。東京・亀有の高架下に、中村が設計した芸術文化センター「SKWAT KAMEARI ART CENTER(スクワット亀有アートセンター)」で、今回のコラボプロジェクトについて話を聞いた。 ──まず堀内さんに。今回の3名を選んだ理由、また、そもそもの出会いを教えてください。 堀内 今回の「アーティストワードローブ」は、プロジェクトの始まりという事もありますしアーティストとしっかりコミュニケーションをとりながら作って行きたいという事がまずありました。表現者として素晴らしい仕事をしていながら、普段から交流があり仲のよい3名に声をかけました。僕がプライベートで仲よくなる方は当然その方の仕事が好きなことも多いというのもありますが。 その中で、一番古い付き合いなのは、圭くん(中村)。彼が原宿のオルタナティブスペース「VACANT」を運営していた時からの知り合いで、うちの直営店「th product 千駄ヶ谷」の内装をお願いしたり、度々プロジェクトがあるたびにご一緒してきました。 蓮沼くんは、2012年、毎日ファッション大賞新人賞を受賞した時に、ショーのための音楽を依頼したのが最初。以降、音楽が必要な時にはお願いする事も多く、個人的に蓮沼くんのライブを見に行ったり展覧会を見に行ったりもしています。 允くん(佐藤)がこの中だと一番最近ですね。彼が所属しているギャラリー「Kousaku Kanechika」での展覧会を見に行ったのがきっかけですが、最近、3名の中で、一番よく会っているのが允くん。LINEも毎日100通くらい交わすくらい、コミュニケーションをよくとっています。 ──今回プロジェクトに参加された中村さん、蓮沼さん、佐藤さんは、それぞれ堀内さんの服作りにどういう印象を持たれていましたか? 中村 僕は、ティーエイチプロダクツの服をずっと着ているんですね。冬場に着るジャケットはもう何シーズンも同じものを着続けています。それはエレガントであり、機能的だから。現場での作業などでは、動きやすく利便的な服がいいし、一方、企業にプレゼンテーションする場では、ある程度、綺麗な印象が求められる。ティーエイチプロダクツのウエアは、それの両方のシーンを、上手く横断してくれるんです。 今回、作ってもらったのはパンツ。今までは別のワークブランドのものをずっと履いていたんですが、「もっとこうだったらいいな」というところを太郎さんに伝えて、作ってもらいました。これは、いい機会だなと(笑)。 佐藤 僕の場合は、コンセプト通り、ハレ着。僕は、絵の具がついた筆などを洋服で(拭いて)しまうんですね。タオルで拭けばいいのですが、無意識にそうしてしまう。だから、絵を描くときに着るというよりは、特別な日の服。(でもとことん作業で汚してみたい願望もあります。)ちなみに、今回、ツナギと一緒にエプロンも作ってもらっています。 完成したツナギはあまりにも綺麗なので、これを絵を着て描くのではなく、ハレの日の一張羅。ただ、デザインに関しては、普段、日常的に太郎さんと話していることが反映されていると思います。何より、着ていてすごい楽。だけど、一張羅のコンセプト通り、スーツを着ているような感覚もあるのが気に入っています。 ──蓮沼さんは、ショーの音楽なども手掛けていますね。 蓮沼 そうですね。そういった場で太郎さんの作品をずっと見てきましたし、音楽の制作として、携わることが多いので、お互いのものづくりへの姿勢や考え方について、すでにわかっている間柄。僕の場合、いわゆる音楽家とは少し違って、ずっとライブをしているミュージシャンでもなく、かといって、ずっと部屋に閉じこもって曲を作っているわけでもない。今回のコラボについては、いろんなことをやっている僕の創作の日常を着想源にプロダクトを作れないかということでした。その上でテーマになったのは、僕の創作方法のひとつである「フィールド・レコーディング」。屋外に、音を採取しにいく際に着られるコートを作ってもらいました。 それも、何となく会話していた中で、生まれたアイデアですね。僕が普段着ている服をリファレンスとしてお渡ししたのですが、完成したサンプルは、僕がずっと昔から着ていたような感じに仕上がっていて、すごいなと思いました。 ──具体的に堀内さんは、3名の仕事や日常をどのようにアイテムに反映しているのでしょうか? 堀内 蓮沼くんのフィールド・レコーディングを想定したコートは、天候の変化などにも耐えられるように、水を弾いたり、機能的な素材を使っています。加えて、ポイントになっているのは、丈の部分。裾を折り返して、丈の長さを変えられるのですが、折りたたんで袋状になる部分にジップをつけ、ポケットになるようにもしています。ハンティングジャケットのゲームポケットのような機能で、屋外の活動の利便性にもつながるかと。 圭くんのパンツは、彼が使うiPhoneのサイズに合わせた斜めポケットをジャストサイズで加えたり。 中村 よく電車や車の席に座ったときに、ポケットからスマホを落としてしまうことがあるので。落ちないような角度、かつ片手でさっと取り出しやすい角度で作ってもらいました。また、コインやクレジットカードが入るちょうどいいサイズの後ろポケットも。これがちょっとした外出も便利。 佐藤 僕の場合は、コンセプト通り、ハレ着。僕は、絵の具がついた筆などを洋服で吹いてしまうんですね。タオルで拭けばいいのですが、無意識にそうしてしまう。だから、絵を描くときに着るというよりは、特別な日の服。ちなみに、今回、ツナギと一緒にエプロンも作ってもらっています。 即興力を引き出す機能美 ──今回のコラボレーションで、中村さん、蓮沼さん、佐藤さんの中で、新しい発見のようなものがあったら教えてください。 中村 僕は、服作りに参加したのは、今回が初めて。自分の設計の仕事と共通するプロセスもあるし、全くそうじゃないところもあって面白かったですね。例えば、サンプルを見せてもらった時に、もう少し形がこうあったらいいなと相談したら、堀内さんが、その場でサンプルと布を割いて、仮縫いし始めたんです。そのスピード感は、僕らの設計という仕事ではあまりありえない方法だったので新鮮でした。 蓮沼 僕の場合も、フィッティングの際に、「ここをこうして、ああして」ってコニュニケーションしながら詰めていったのですが、僕がいて、僕が着て、服の形が見えて、その場でどう完成度を上げていくのか、その作業を見られたのは、興味深かったですね。ライブでのセッションに通じるものも感じました。 堀内 そういった現場でのアドリブ力が非常に大事なんです。動いたりとか、しゃがんだり、服はそういった人間の動きに対応しなければいけないから事前にも当然考えてミーティングには臨んでいるけれど当人がその場にいる時にいかに対応して判断できるかは非常に重要です。 蓮沼 アドリブや即興力って、僕は音楽作りでも大事にしていて、作曲のときから、即興的な要素を入れていたりもします。また、パフォーマンスはよりその傾向が強く、先日、灰野敬二さんと2人でライブをしたのですが、基本、即興。お互いに持ってくる楽器ぐらいは知っている状態で、臨むのですが、何が起こるかわからないので、あまり決めすぎずに、瞬間、瞬間に反応していく。 佐藤 僕もそうしたスピード感や、即興的な作り方が印象深かったですね。もともと僕自身も、まずやってみて、すぐ出して、それで修正し、アップデートしていくタイプですが、ただ、作り終わるまでに時間かかりがち。だから、太郎さんのように、もっとアドリブ的に、即興的にやるのもありなのかなとも思いました。 堀内 そういう意味では、お題に対して即興的に、いい答えを出せる大喜利的な部分も、この仕事において大切かなとも最近は思っていますね。 佐藤 それは、美術のように比較的制作時間が長く必要になる似ているところがあるかもしれないですね。僕の場合、制作にあたっていろんな感情やテーマ、問いがありますが、描いた絵の中に、最終的には、僕らしい答えを出せればいいとも思っていて、その点では大喜利的なところもあるので。 堀内 そういう意味では、設計や場づくりをしている圭くんが、一番しっかりとしたプロセスを踏んでいかなければいけない仕事なのかも? 中村 そうですね、ただこの数年は、設計した場に、偶発性をどう引き出すかも大切にしています。しっかり完成し切らずに、お客さんがその場に来たときに、どんなハプニングを楽しんでもらえるか。ある意味で、余白のようなものも意識していますね。 ──今回は、“大喜利”の力に長けたみなさんのコラボでもあるとも? 堀内 やはり、それぞれ今までの知識や経験が蓄積しているから大喜利や即興ができるんだと思います。その重要なものを常に、自分の中に、日常的にインプットする事を意識しているから、答えを求められた瞬間に提案できるというか。そういう意味で、そういった力のあるそれぞれが求める利便性、嗜好性のようなものが、着る方にも実感できる服になっていればいいなと思います。 アイテムは、12月末より直営店の「th products千駄ヶ谷」を含む、ティーエイチプロダクトの取り扱い店舗ショップで発売。また「Gallery38」では、堀内とアーティストとのトークイベントも開催予定。詳細は、それぞれのアーティストと堀内太郎の対談も随時アップされていくブランド公式サイトでチェックを! 堀内太郎 ファッションデザイナー/1982年生まれ、東京都出身。15歳で渡英し、写真を学んだのち、服飾の道を志す。2003年にアントワープ王立アカデミーを首席で卒業。2010年春夏シーズンよりウィメンズライン「タロウ ホリウチ」をスタート。2018年秋冬に「ティーエイチプロダクツ」を立ち上げた。2012年第30回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。MUJILABO、DESCENTE ALLTERRAIN、ZIP AIRなどの様々なプロジェクトも手掛ける。https://www.instagram.com/th.products/ 中村圭佑 設計者/「DAIKEI MILLS」「SKWAT」代表。CIBONE、ISSEY MIYAKE、NOT A HOTEL、LEMAIREなど商業施設や公共施設の空間デザイン・設計を手掛ける。2020年からは都市の遊休施設を時限的に占有し一般へ解放する運動「SKWAT」を発足。https://www.instagram.com/skwat.site/ https://www.instagram.com/daikei_mills/ 蓮沼執太 音楽家・アーティスト/1983年生まれ、東京都出身。蓮沼執太フィルを組織し、国内外での音楽公演をはじめ,多数の音楽制作を行なう。主な展覧会に「Compositions」 (Pioneer Works,ニューヨーク,2018)、「 ~ ing」(資生堂ギャラリー,東京,2018)、「FACES」(SCAI PIRAMIDE,東京,2021)など。主なパフォーマンスとして、『ミュージック・トゥデイ』(オぺラシティ コンサートホール タケミツメモリアル, 2023)、『unpeople』(草月プラザ石庭 天国, 2024)。第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。https://www.instagram.com/shuta_hasunuma/?hl=ja 佐藤允 画家/1986年生まれ、千葉県出身。現在は東京を拠点に制作。2009年に京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科先端アートコースを卒業。主なグループ展に「第8回光州ビエンナーレ」(2010)、「ヨコハマトリエンナーレ2011: OUR MAGIC HOURー世界はどこまで知ることかできるか?ー」(2011)、「Inside」(パレ・ド・トーキョー、2014)、「堂島リバービエンナーレ2019」(2019)など。作品は高橋龍太郎コレクション、ルイ・ヴィトン・マルティエに収蔵されている。https://www.instagram.com/ataru_sato/ th products https://thproductsonline.com
写真・大町晃平 @ W 文・松本雅延 編集・高杉賢太郎(GQ)