東京都知事選挙“告示前の演説”はどこからが「事前運動」にあたる? 選挙実務に精通した弁護士が解説
事前運動を広くとらえることの「重大な問題」
法的観点からはどのような問題が生じるのか。 三葛弁護士:「なんでもかんでも禁止ということになると、今度は憲法21条で保障されている『政治活動の自由』が過度に萎縮してしまうおそれがあります。これは三つの意味で不都合です。 第一に、候補者は自分の考え方を十分に示すことが困難になるおそれがあります。第二に、有権者は投票するための判断材料を得られないということになりかねません。 第三に、これがもっとも深刻な問題かもしれませんが、戦前のような官憲による選挙干渉を招くおそれがあります。 先述のように、公選法129条が定める事前運動の禁止は、選挙における実質的平等と選挙の公正をはかるためのものです。しかし、かえって政治活動の自由が萎縮してしまうとなると、本末転倒になりかねません」 選挙実務の観点からはどうか。 三葛弁護士:「実務上も、広く解釈することは現実的ではありません。たとえば、ほとんどの立候補者は、立候補の表明を選挙告示前に行っています。しかし、広く解釈すると、それさえも認められないということになりかねません。 『ぜひ私に一票を投じてください』という直接的な投票の呼びかけであれば、アウトといわざるを得ないかもしれません。 一方、『私は立候補します。頑張ります。以上です』ではいかにも不自然だし、有権者に対するメッセージとしては中途半端な感じがします。わざわざ聞きに来た人によっては非礼と受け取られるおそれもあります。 たとえば、ただ『よろしくお願いいたします』程度であれば、常識的・儀礼的な、締めくくりの言葉の範囲にとどまると考えてよいのではないでしょうか」 たしかに、現実問題として、立候補表明は事務的なものではなく政治活動の一環である以上、「お願い」の要素を一切排除するのは難しいかもしれない。 事実、これまでも、選挙の立候補者が選挙前に立候補表明と公約発表を行う際には「お願いします」に類する言葉が伴われるのが通例であった。 また、選挙の告示・公示前に、与野党問わず、政党の党首や幹部が立候補予定者の応援に駆け付け、支持を訴えるのはよくある光景である。 マスコミも、たとえば「事実上の選挙戦がスタート」などの表現を使い、告示前の街頭演説で支持を訴える様子を当然のように報道してきていた。 つまり、政治家、有権者、マスコミのそれぞれが、選挙実務上、選挙運動(事前運動)に該当する「投票を得る、または得させるために直接・間接に必要かつ有利な行為」の意味を限定的・抑制的に解釈し運用してきたことを意味する。