東京都知事選挙“告示前の演説”はどこからが「事前運動」にあたる? 選挙実務に精通した弁護士が解説
捜査機関・裁判所による実務の運用はどうなっているか?
しかし、そうであるにもかかわらず、今回の東京都知事選挙において、SNSなどの場を中心に、立候補者らの告示前の発言などが「事前運動」に該当すると、ことさらに“断定”するケースが見受けられる。 一方で、これまで見てきたとおり、「事前運動」を広くとらえた場合には、候補者を過度に萎縮させるおそれがあり、健全な民主主義の発展のためには必ずしも望ましいものではない。 では、どのように考えればいいのか。 ここで特に重要な視点は、捜査機関・裁判所による実際の運用がどうなっているのかということである。三葛弁護士は「画然と線引きをするのは難しい」としつつ、先例についての分析を加える。 三葛弁護士:「捜査機関の側では、政治活動の自由に対する萎縮効果をもたらすリスクがあることから、慎重な態度をとっていることがみてとれます。 裁判所も、たとえば、買収が絡んでいるなど、『明らかにアウト』といえるケースを除くと、ケースバイケースで判断していると考えられます(東京高裁平成29年(2017年)5月18日判決、大阪高裁令和5年(2023年)7月19日判決など)。 ただし、大まかな傾向として、『書面・メール』などが用いられた場合と演説や会話等の『発せられたことば』にとどまった場合とに区別することが可能でしょう」 「書面・メール」と「ことば」はどのように区別することができるのか。 三葛弁護士:「まず『書面・メール』についてはその性質上、記載内容を吟味したうえで世に出すものであり、捜査機関もその内容をじっくり分析して事前運動の要件をみたすかの判断は比較的可能でしょう。 これに対し、『ことば』の場合は起訴することは簡単ではありません。過去に『ことば』だけで刑事責任を問われた事例はすぐには思い浮かびません。 『ことば』は流れていくものだし、加えて『言い間違い』や『口がすべる』ということは往々にして起こり得るものです。 ある『ことば』が『言い間違い』ではないことを立証するのは困難です。刑事罰や公民権停止のような重い制裁に値するかということも考えてみる必要があります。 どこまでがセーフでどこからがアウトかの線引きは、実際上きわめて困難でしょう。すべての候補者の演説の内容を録音して、AIを用いて言語学者が分析したら何らかの基準は出てくるかもしれません。この点は夢物語ではない時代になってきています」