突然引退…私は逃げた 23歳元五輪選手、余裕で1位のはずが…市民ランナーに負けて気付いたこと バイトしながら目指す新たな夢
■東京五輪、陸上女子5000メートル代表の萩谷楓さん
新型コロナウイルス感染拡大により1年遅れで開催された2021年の東京五輪。延期で競技人生が狂った選手もいれば、巡ってきたチャンスをつかみ取った選手もいる。陸上女子5000メートルの萩谷楓は後者。20歳で大舞台に立った。さらなる活躍が期待される中、23年5月1日に突然の引退発表。心と体をリセットした今、復帰への準備を進めている。 【写真】現在の萩谷楓さん。無観客での五輪を「選手の息づかいがいつもより大きく感じた」と振り返る
「そんなの無理」から始まった五輪への道
「一緒に五輪を目指さないか」。長野東高3年の春、エディオンの沢柳厚志監督(長野県飯田市出身)に大会で声をかけられた。高校2年まで故障が多く目立つ成績がなかった萩谷(長野県佐久市出身)は「そんなの無理」と思った。ところが、何度か声をかけてもらううちに「自分も出られるかもしれない。どうせやるなら五輪」と夢が膨らんでいった。 実業団に入り重視して取り組んだのは「質の高いジョグ」。1キロ4分と速めのペースで60分走るジョギングをベースに土台をつくった。その上で強度の高い練習を週2、3回入れた。「毎日ちょっとしたことをずっと積み重ねていたら前に進んでいた」と振り返る。 20年3月に東京五輪延期は決まった。「人ごとだった。それを目指してやっていた人はしんどいだろうなと思った」
世界ランキングで出場権獲得
転機は、7月に北海道で行われた大会。5000メートルで自己記録を大幅に更新する15分5秒78をマークした。記録採用の対象期間外だったが、五輪参加標準記録を上回り、意識が変わった。 代表選考会となった21年6月の日本選手権は順位と記録の両方を狙う難しいレースだった。結果は4位で参加標準記録にも届かなかった。「ここで決めないといけなかった。落ち込みました」。だが、5000メートルでも出場権のあった新谷仁美が1万メートルに専念することになり、萩谷は世界ランキングで出場権を得た。
自己ベスト出しても予選敗退「何一つ喜べなかった」
7月30日、無観客の国立競技場で女子5000メートル予選1組に出場。「東京だし、観客もいないし、国際レースという気がしなかった。日本選手権に毛が生えたような感じで緊張は全然なかった」。親にもレースを見てもらえない寂しさを感じる一方で「失うものは何もないから、楽しみでしかなかった」。 真夏のレースを15分4秒95の自己ベストで走ったが、12着で予選落ち。「周りの人は五輪で自己ベストを出すのはすごいことだと褒めてくれた。でも予選落ちがめちゃくちゃ悔しくて何一つ喜べなかった」 女子1万メートルで同じ年の広中璃梨佳が7位、1500メートルは1歳上の田中希実が8位に入賞した。「トラックでは日本人は戦えないという固定観念のようなものがあったが、(時代が)動いてきたと感じた。私もこの流れに乗り遅れてはいけない」と刺激を受けた。