「とにかく静かにしてほしい」追い詰められた80歳の夫は85歳妻の首に手をかけた
80歳の夫が、介護していた85歳の妻を殺害した。妻を手にかけた後、自身の命も絶とうと考えたが果たせなかった。家事を一手に引き受け、献身的に尽くす日々が続いた末に起こした事件だった。 【画像】『エンド・オブ・ライフ』佐々涼子著 在宅で看取るということ
この夫にどんな判決を下すべきだろうか。その判断はプロの裁判官だけがするわけではない。無作為に市民から選ばれた裁判員にも委ねられる。いまこの記事を読んでいるあなただって、いつその立場に立たされてもおかしくない。 実刑にするか執行猶予を付けるかの判断は、プロの裁判官でも難しい。老老介護の果ての殺人を市民はどう裁いたのか。事件を振り返りながら、悩み抜いて結論を出した裁判員の思いをリポートする。(共同通信=助川尭史、木下リラ) ※記者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。 ▽老老介護の果てに…殺人事件 事件は2023年10月、東京都世田谷区の区営住宅で起きた。夫は妻の首を両手や電気コードで締めて殺害したとして、殺人罪で逮捕、起訴された。 今年6月、東京地裁の初公判に被告として出廷した夫は、大きめのグレーのジャケットに身を包み、静かに視線を落としていた。証言台へ向かう足取りはしっかりとしている。一方で、裁判長からの問いに右耳に手をあてて聞き返す場面も多く、80歳という年齢は隠せない。
被告は妻を殺害したことを認め、裁判の焦点は、どのような刑罰が被告にふさわしいかという「量刑」に絞られた。そのためには夫婦の生活状況や、事件当時の思いを聞く必要がある。裁判では、被告自身が妻との出会いや、犯行に至るまでのいきさつを語った。 ▽職場で出会い、50歳で結婚 被告は姉と妹に挟まれた4人きょうだいの長男として1943年に生まれた。高校卒業後は飲食業界で働き、40歳の時に勤務先の新店舗で店長を任されることになった。そこに従業員として応募してきたのが、後に妻となる女性だった。「きれいな人が来たと思いました。仕事もぴしっとやる人で、気持ちの感じが違うなって」 その後、店舗は経営がうまくいかず閉店。スナックで働き始めた女性の元に通いつめるうちに交際に発展し、50歳の時に結婚した。被告は初婚、妻は3度目の結婚だった。 被告は定年後もシルバー人材センターに登録して精力的に働き、妻は社交ダンスやカラオケサークルにも顔を出すなど活発に活動していた。2人の間に子供はいなかったが、穏やかな老後を過ごしていた。 ▽深まる孤立、「弱みは見せたくない」