「とにかく静かにしてほしい」追い詰められた80歳の夫は85歳妻の首に手をかけた
2016年ごろ、区営住宅に引っ越した。結婚から20年が過ぎ、夫婦は70代となっていた。年々目が悪くなりつつあった妻のために、病院への通いやすさなどを考えての転居だった。被告は家事を一手に引き受けるようになった。こだわりの強い妻の要望に応えて食事は朝にパン、昼は麺、夜はご飯のローテーションを守った。妻の視力悪化に伴い、風呂やトイレにも付き添った。 活発だった妻は外出を渋るようになり、他人との交流は徐々になくなっていく。80歳を過ぎた頃には足を骨折。体はさらに不自由になった。 「きょうだいや知り合いの手助けは受けられなかったのか」。弁護士からそう問われた被告は「古い考えなのかもしれませんが、きょうだいで男は私だけ。人に弱みは見せたくない、家族のことは家族でという気持ちがありました」と声を落とした。すべてを抱え込んだ老老介護の日々は、やがて最悪の結末を迎えることになる。 ▽「限界です」未送信フォルダーに残されたSOS
事件が起きた年、要介護1の認定を受けた妻の状態は急激に悪化した。目はほとんど見えなくなっていた。この頃から「死にたい」と漏らすようになり、「浮気をしている」と疑い深くなったり、「殺される」と近所の家のドアをたたいたりするトラブルも起きた。 被告は介護に専念するため、シルバー人材センターでの仕事をやめた。事件直前の携帯電話の未送信フォルダーには「限界です」と書かれたメールが残されていた。 ある日の夕飯後、妻がいつものように「財布を返せ」「浮気しているんじゃないか」と被告を問い詰めた。「相手のところに行く」と興奮した様子で外に出ようとしたのを必死に止め、寝室のベッドに座らせた。 それから4時間以上、支離滅裂な内容を繰り返し責め立てられた。「静かにしてほしい」。気がつくと右手が妻の喉をつかんでいた。あおむけに倒れ込んだ妻の首を両手でつかみながら、近くにあった血圧計の電源コードでさらに締め付けた。