未来を編み込む|InnoKnitが示す、マクラーレンW1の新しい価値
マクラーレンW1。それは、スピードの追求、レースのDNA、そして最新技術という、誰もがマクラーレンに抱く期待を完璧に体現した存在だ。この車を目にすれば、サーキットを駆け抜けるF1カーの姿や、これまで築かれてきたアルティメットシリーズの偉大な足跡が頭をよぎる。1275PS、重量1399kg、パワーウエイトレシオ911PS/t──これらの驚異的な数値が示すのは、まさに「物理法則の限界への挑戦」であり、マクラーレンらしさの真髄だ。 【画像】McLaren F1、そしてMcLaren P1の系譜に連なる「1」モデルであるMcLaren W1(写真10点) しかし、W1の真価は単なるスペックに留まらない。特に印象的なのは、InnoKnitという革新的な3Dニット素材を採用したことだ。これはただの新しい内装素材ではなく、その背景や可能性は、InnoKnitが単なる技術以上の存在であることを示している。W1の存在価値のひとつの側面を照らし出すのがInnoKnitであり、この素材が語る物語は、スーパーカーの未来像を考えるうえで重要な手がかりとなるのではないか。2024年11月13日に東京でメディア向けに披露された実車を眺めながら、筆者は感じていた。 この車が399台限定生産でありながら瞬く間に完売したという事実も見逃せない。価格200万ポンド(約3億6000万円)という高額にもかかわらず、だ。目の肥えた顧客は、W1が持つ特別な価値を敏感に感じ取ったのではないだろうか。この車は、購入者にとって「所有する」だけでなく、未来のスーパーカーの在り方そのものを手にすることを意味している。それほどまでに、このモデルには特別な何かがある──それが、InnoKnitという革新の中に隠されている。 ●InnoKnitという驚き──素材が生む感動 InnoKnitとは、アパレル業界で培われた3Dニット技術を応用し、マクラーレンが内装素材として採用した革新技術だ。この技術の根幹には、軽量性、耐久性、デザインの自由度といった物理的な利点がある。さらに、製造過程における廃材を抑えられる点は、環境への配慮が求められる現代において特筆すべきポイントだ。 しかし、それ以上に筆者が心を動かされたのは、InnoKnitがもたらす「感覚的な価値」だ。この素材には、光を透過する特性がある。これは単なる素材の特徴であるにとどまらず、未来のデザインに向けた重要な可能性を秘めているのでは? という筆者の問いに、マクラーレンのプロダクトマネージャー、ヘザー・フィッチ氏はこう答えた。 「InnoKnitはフレキシブルな整形が可能であり、デザインの自由度が高まります。そして軽量であり、資材ロスが少ないサスティナブルな素材でもあります。ご指摘の、光を透過する点もまた重要です。今後、この特性を活かして、ドライバーとパッセンジャーをよりイマーシブな体験へと導くこともできるでしょう」 現時点では、アンビエントライトを埋め込む仕様は採用されていない。しかし、もし未来のモデルにおいて、編み目を通して光が柔らかく拡散される車内を実現できたとしたらどうだろう。その光景は、まるで芸術作品の中にいるような感覚をもたらすだろう。夜間ドライブでは自然な光が落ち着いた車内空間を演出し、トラックではドライバーを集中させるための動的な照明効果を。スーパーカーのインテリアにここまでの視覚的な驚きと感動を与える可能性を秘めた素材は、これまでほとんど存在しなかった。 光透過性を活かした内装の演出が、ドライバーと車の感覚的なつながりを強化するだけでなく、車内のスペースそのものを未来的な雰囲気で満たす──そんな次世代のスーパーカー像が、InnoKnitによって想像できる。これが、ただ新たな内装素材を採用したという事実にとどまらず、今後の新しい哲学へのつながりを象徴すると考える理由だ。 ●W1のスペック──数字が語る哲学 もちろん、W1の技術的な革新はInnoKnitだけではない。 圧倒的な性能を支える「モノケージIII」という最先端のカーボンファイバー製モノコックシャシー。この軽量かつ高剛性なシャシーは、マクラーレンのレース哲学に基づき設計され、W1に卓越したハンドリング性能をもたらす。「マクラーレン・アクティブ・ロングテール」と呼ばれる可動式エアロデバイスは、速度に応じてリアウイングが後方に300mmほど伸長させる。高速域での安定性を向上させ、スピードとコントロールの両立を実現する。 W1のコクピットは、エアロセルモノコックとシートが一体化する設計。ドライバーを完全に包み込むように作られている。さらに、ステアリングホイールやペダル位置が調整可能で、どんな体型のドライバーにも最適なポジションを提供する。この「フィット感」は、マクラーレンが長年にわたって追求してきた「車と人の一体感」という哲学そのものだ。 マクラーレンはこれまでもMclaren GTにおいて、スーパーファブリックやカシミヤといった先進的で高級感のある素材を採用したことがある。スーパーファブリックはその耐久性と軽量性が特徴であり、スポーツカーの内装素材として革新的な価値を提供した。一方、カシミヤは、スーパーカーにこれまでなかった温かみとラグジュアリーな雰囲気を加えるために導入されている。もちろん、アルカンターラやスーパーファブリックといった素材も当たり前のように使われている。 InnoKnitは、物理的にドライバーを包み込むだけではなく、感覚的なつながりを生む効果がある。この素材がもたらす柔らかさ、温かさ、そして視覚的な効果が、車内環境を単なる「操縦の場」ではなく、ドライバーに寄り添う「パーソナルスペース」に変える。 また、InnoKnitが持つデザインの自由度も注目に値する。シートやパネルの形状に合わせてシームレスに加工できるため、これまでの素材では実現できなかった複雑な形状や、ドライバーの体に完璧にフィットするカスタム設計が可能だ。その柔軟性と応用力の高さゆえに、「未来のスーパーカーの標準」となるポテンシャルを秘めている。 W1のインテリアは見た目の美しさだけでなく、使用感や感触に至るまで、「特別な体験」としてドライバーに届けられる。このような多面的な価値が、InnoKnitという技術を単なる素材の枠を超えた存在に押し上げている。 これらの試みは、単なる贅沢な選択に留まらず、マクラーレンが「スピード」と「快適性」を両立させる新たなアプローチを模索していることを物語っている。そして、W1におけるInnoKnitの採用は、このアプローチをさらに進化させたものだ。軽量性や耐久性を備えつつ、視覚的・触覚的な感動を提供するInnoKnitは、マクラーレンが積み重ねてきた素材革新の頂点に位置づけられると言えるだろう。 ●アルティメットシリーズの使命──W1が示す新しい方向性 アルティメットシリーズは、1992年のMcLaren F1、2013年のP1といったモデルによって進化を続けてきた。その役割は、単なるハイパフォーマンス車を超えて、ブランドの哲学や未来像を体現することにある。W1もまた、その系譜を受け継ぎ、新しい時代の幕開けを告げる存在だ。 アルティメットシリーズが持つ特別な使命のひとつは、「未来の標準」を予見することにある。このシリーズは、限定モデルという枠を超え、マクラーレンが抱く未来のビジョンを具体化する場でもあるのだ。W1が導入した数々の技術──InnoKnitをはじめとする素材革新、アクティブエアロダイナミクスの進化、そしてハイブリッドパワートレイン──これらはすべて、将来的に量産モデルに展開されることを想定している。 さらに、W1はマクラーレンのブランドアイデンティティを再定義する役割も担っている。性能や技術だけではなく、「所有する喜び」「自分を表現するキャンバス」としての価値をスーパーカーに加えることで、W1はドライバーと車との関係を新たな次元へと引き上げている。この姿勢こそが、アルティメットシリーズを他の限定モデルと一線を画す存在にしている理由だ。 ●W1が問いかける「スーパーカーの未来」 最後に、W1が持つ意義を考えたい。それは、スーパーカーは単なるスペック競争ではなく、何を提供すべきかという問いに対する答えでもある。 W1は、技術革新を通じてブランドの哲学を再定義し、スーパーカーがどのように人々に喜びや感動を与えられるかを問いかける存在だ。その結果、W1は単なる「限定生産車」を超えた、新しいスーパーカー像の提示となっている。 W1において興味深いポイントは、その体験が最新技術を搭載するスーパーカーに乗るということだけに留まらず、「スーパーカーを所有する意味」を問い直している点だ。現代のスーパーカーオーナーは、かつてのように「ただ速い車」を求めるだけではない。むしろ、車を通じて自分らしさを表現したい、自分だけの特別な体験を楽しみたいというニーズが強まっている。W1は、このニーズに応えるべく設計されているとは考えられないだろうか。 W1はまた、「感覚的な未来」を描く。InnoKnitを通じた五感への訴求、エアロダイナミクスが生む視覚的インパクト、そしてコクピットにおける包み込まれるような感覚──これらが組み合わさり、W1はただ速い車としてではなく、「五感で感じる未来の象徴」となっている。これこそが、スーパーカーの新しい使命だろう。性能だけではなく、感動を生み出す存在であること──それがW1が問いかける未来像だ。 ●結論──InnoKnitを通じて見えたW1の真価 マクラーレンW1。それは、InnoKnitという一見小さな要素をきっかけに、スーパーカーの持つ価値観を新しい次元に押し上げた一台だ。技術、哲学、体験──これらが見事に融合し、スーパーカーが人々の心にどのような感動を与えるべきかを問い直している。 W1が399台限定であるという事実は、この車が単なる性能の象徴ではなく(それでいて圧巻の性能であることはお伝えしておきたい)、マクラーレンの哲学や未来への挑戦を体現した「特別な価値」を提供するために作られたことを物語っている。限定生産のスーパーカーは、ただ希少性を追求するだけではなく、その背後にある思想や技術をオーナーと共有するための「メッセージ」でもある。W1の存在自体が、マクラーレンが描く未来のビジョンを象徴しているのだ。 W1が提示するのは、「スーパーカーの価値とは何か」という本質的なテーマだ。かつて、スーパーカーの価値は純粋な性能にあった。しかし、現代では技術が進化し、どのブランドも高性能な車を提供できる。この中で、マクラーレンW1が目指すのは、「人々が所有し、体験し、共感するスーパーカー」としての新たな価値観だ。まるで、風を切るアート作品に乗るような。 InnoKnitを中心に据えた車内デザインは、まさにこのビジョンを具現化している。ドライバーを包み込む素材感、光と空間の調和が生む没入感、そしてカスタマイズ性による個人の表現──これらが融合し、W1は単なるスーパーカーを超えた「体験の舞台」として完成されている。そして、アルティメットシリーズという特別な枠を超えて、この革新が将来の量産モデルにどのような形で活かされるか──今後の展開が楽しみだ。 文:青山 鼓 写真:青山 鼓、マクラーレンオートモーティブ Words: Tsuzumi AOYAMA Photography: Tsuzumi AOYAMA, McLaren Automotive
Octane Japan 編集部