危険な空気が渦巻く韓国、パキスタンでアントニオ猪木は...? 伝説の海外遠征に同行した永源遙が目撃した光景
再びのパキスタン遠征で警察官から銃を向けられた永源遥
――その2年半後に再びパキスタン遠征が行われ、永源さんはここにも同行していますね。79年6月16日(現地時間)、ラホールのガダフィ・ホッケー競技場で猪木さんはアクラムの甥のジュベール・ペールワンと戦い、10万5000人の大観衆が集まったとも言われています。 いやあ、10万人は大げさかもしれないけど、よく入ってた。1回目と同じで、見えるわけがないのに丘の上にいっぱい人がいるんですよ。 ――当時の報道では、会場内の観客以外に丘の上のタダ見が2万5000人もいたと。 そうだったかもしれないねえ(笑)。あの時は2大会やって、カラチでやった猪木さんとタイガー・ジェット・シンの試合も結構入りましたよ。警察官も3000人ぐらいいたかな。俺はセコンドに入っていて、猪木さんがシンを場外へ放り投げた時、シンを蹴っ飛ばしたの。そうしたら、向こうの警察官が俺に銃を向けてきて撃つ構えになったんですよ(苦笑)。あそこはホッケー場だから控室までかなり距離があるんだけど、両手を上げたままそこへ行くまでの時間が長かった(笑)。 ――パキスタンでは、シンがベビーフェースなんですか? いや、猪木さんがベビーフェースでシンがヒールなんだけど、お客さんの声援は五分と五分だったかなあ。 ――前日の試合では、観客の全員が地元のジュベール支持ですか? もちろん、そうですよ。だから、一歩間違えたら本当に危ない状況。俺もセコンドに入っていながら、「こうなったら、ここに逃げて帰ろう」と考えていましたよ。 ――アクラムは猪木さんと対戦した時に47歳でしたが、ジュベールは19歳の若さで、試合映像を観るとナチュラルに強いと感じさせるファイターですよね。 ペールワン一族はあまり気の利いた技はないんだけど、力が強いんですよ。単なる力がね。だから、その力をアームロックで攻めたりとか、もっと考えて使えば強いと思うんだけど、ちゃんと技術を教える人がいないんだろうね。でも、パキスタンのお客さんはあれで満足しちゃうのかもしれない。 ――結果は5ラウンドをフルに戦って引き分けとなりましたが、猪木さんが相手の手を上げながらリングを1周して健闘を称えたことで観客はジュベールの勝ちだと勘違いしてリング上に殺到しましたよね。ただ、公式記録はドローなので、観客がレフェリーにナイフを突きつけて、「ジュベールの勝ちにしろ!」と恫喝したという話もあります。 リングにいろんな人が入ってきちゃってね。ああいう状況が一番危ないんですよ。ホントに1分後に何が起きるかわからない、あそこは…。俺は猪木さんを無事にホテルへ送り届けることができてホッとしましたよ。猪木さんとはドバイにも一緒に行ったし、俺はボディガード役ですよ。いつも新間さんが「永源ちゃん、何かあったら頼むよ」って。それに実際にはなかったけど、道場破りみたいなのが来る可能性もあるからね。だから、外国に行ったら帰るまで神経を使いっ放し。何が起きるかわからないんですよ。ましてや南アジア、中近東といった地域はね。
永源遙,Gスピリッツ編集部