「世界王者なんて無理」「まだプロになれないの?」“ボクシング未経験”からの逆転人生…川嶋勝重はなぜ大橋ジム初の世界王者になれたのか?
徳山昌守との世界戦…なぜ下馬評を覆せたのか?
バイトを辞めてボクシングに集中せよ。それは世界タイトルマッチが迫っていることを意味した。2003年6月、川嶋はWBCスーパーフライ級王者の徳山昌守に挑戦する。いまは年に何試合も世界タイトルマッチを組んでいる大橋ジムにとって、初めての世界戦だった。 期待にこたえなければならない。川嶋はいつにも増して練習した。それが裏目に出た。試合1カ月前にぎっくり腰で動けなくなったのだ。歩くのもやっとの状態だった。ところが試合の1週間前に出会った整体師によってぎっくり腰が一発で治った。奇跡としか言いようがなかった。 ただ、試合直前の3週間、トレーニングができなかったのは痛かった。最後の1週間は体重を落とすことだけに全力を傾けた。試合は大方の予想通り、川嶋の判定負けに終わる。万全の状態でリングに上がれなかったことが悔しかった。それは大橋会長も同じだった。 「試合が終わって新横浜で食事してるとき、会長から『ぎっくり腰をやってなかったら勝てるか』と聞かれて、『勝てます』と答えました。そうしたら『またすぐ組むよ』と言ってくれたんです。そんなにすぐチャンスをまたくれるんだと思って。あれはよく覚えていますね」 1年後、大橋会長は有言実行、再びチャンスを作る。徳山への再挑戦の下馬評は圧倒的に川嶋不利だった。ところが川嶋の集中力が周囲の予想を覆す。初回、8度の防衛を成功させていた安定王者に右を叩き込み、計2度のダウンを奪って1分47秒TKO勝ち。大橋ジムに初めての世界チャンピオンが誕生した。 「あんなのまぐれです(笑)。元世界王者の畑山(隆則)くんが言ってましたけど、徳山選手なんて100回やったら2、3回しか勝てない相手だと。実際に僕は徳山選手との第3戦に負けてます。だから運なんです。それを引き寄せる力はあったんだと思いますけど」 20歳でボクシングを始めた不器用な男が世界を獲った。大橋ジムの快進撃が、川嶋から始まった。 <続く>
(「ボクシング拳坤一擲」渋谷淳 = 文)
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