なぜ日本ではお客さまがエラくなったのか:カスハラの現状と法整備への課題
カスハラ増加の心理的・社会的背景
本来、客と従業員の関係は対等であるはずなのに、なぜ日本では法整備が必要となるまでカスハラが深刻化したのであろうか。 日本でカスハラが増加した背景には、さまざまな要因が複合的に絡んでいるが、ここでは次の3点に整理する。
1. 顧客第一主義と消費者の権利意識
日本は、古くから「消費者主義」や「顧客第一主義」の経営理念を掲げている企業が多い。こうした理念は、高度経済成長期が終わり、企業が市場競争で勝ち抜くためには、まず顧客の視点に立つことが何より重要との考え方から生まれたとされている。また、1995年の製造物責任法(PL法)の施行や2004年の消費者基本法(旧消費者保護基本法)の改正、さらには09年の消費者庁の設置など、消費者の保護や自立のための環境が段階的に強化された。 消費者保護基本法が制定された1968年ごろは、消費者は企業に比べて知識も力もない弱い立場にあった。しかし、上記のように社会全体が消費者優位に動いた結果、企業と消費者の立場が逆転し、一部の消費者に「お客は神だ」「店員は~して当然」といった無意識の偏見や思い込み、すなわち「アンコンシャスバイアス」を浸透させたと考えられる。
2. 過剰サービスによる過剰期待
おもてなし精神に基づく日本のサービスは、極めて高水準であるため客に高い満足度をもたらす半面、苦情を生み出す一因にもなっている。そのメカニズムは、メディア環境の変化も絡めると以下のように整理できる。 概説すると、まず(1)苦情生起の前提には不満があるが、(2)不満が苦情として顕現化した場合、(3)近年ではSNSなどで瞬時に不特定多数に情報が拡散される可能性がある。それを恐れた企業は、消費者の要望に応えようと過剰なサービスを提供するようになる(4)1社が過剰サービスを始めると他社も追随せざるを得なくなり、業界全体の標準的なサービスが過大となる(5)その結果、消費者の期待水準がさらに高まり、やがて期待を超えるサービスの提供が難しくなり、(1)それが新たな不満につながる、といった循環モデル(苦情生起の負のスパイラル)で説明できる。 つまり、サービスが手厚くなるほどに消費者の「やってもらって当たり前」の期待を高め、皮肉にも不満、ひいては苦情やカスハラが生じやすい社会を作り上げたといえる。