なぜ日本ではお客さまがエラくなったのか:カスハラの現状と法整備への課題
3. 疲労やストレスに起因する不寛容社会の到来
日本は今、多くの人が人間関係や仕事上の悩みなど多様なストレスを抱えて生活している。そのため、集中力や判断力が低下し、怒りのコントロールが難しくなってしまう。怒りを抑制できない人が増えると、社会全体が他者の小さなミスさえも許せない「不寛容社会」になる。筆者自身の調査でも「釣り銭の渡し方が悪い」「商品の入れ方が悪い」など、ささいなことがきっかけで発展したカスハラの増加が示唆されている。
実効性ある法整備のために
冒頭で触れたように政府はカスハラ対策の法整備に動き出した。厚労省は2019年に労働施策総合推進法を改正し、パワーハラスメント防止措置を講じることを企業の義務としたが(通称・パワハラ防止法)、今回も同法を改正する方向と報じられている。政府は今年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に「法的措置を視野に入れ、対策を強化する」と明記し、厚労省は7月にカスハラから従業員を保護する対策を企業に義務付ける方針を示した。来年の通常国会にも法律の改正案が提出される見通しである。 しかし、法制化にあたりいくつか課題もある。最も大きな論点としては、「カスハラの定義付け」、すなわちどこまでが客の正当な要求で、どこからが不当かの判断基準の明確化が挙げられる。既に旅館業法の改正により、宿泊施設は迷惑客を拒否できるようになったが、その基準が不明確なため、実運用にまで至っていない施設が多いという。実効性を伴う法律にするには、対応現場が判断に困らないよう、まずはカスハラの線引きを明示することが求められる。 また、カスハラの予防には従業員が安心して働ける就業環境の整備が不可欠であり、これを怠ると安全配慮義務違反や使用者責任が問われる可能性がある。従ってパワハラ防止法と同様に、指針の中で企業が取るべき措置を具体的に示すことも必要といえる。 例えば、「対応マニュアルの作成」や「専門窓口の設置」「従業員教育の強化」などの義務化が挙げられる。指針では、該当行為の類型や事例の明示も求められるが、このあたりは提供するサービスの内容によってかなり異なるため、企業ごとに、可能ならば業界や業種ごとに、実情に沿ったガイドラインの策定が望ましい。 何よりも重要なのは、法制度が形骸化せずに、実際に現場で機能することであろう。そのためには、企業は対策を講じただけで安心するのではなく、従業員一人ひとりが内容をきちんと理解できるよう周知すること、そして被害を訴えた従業員が心理的・精神的に孤立しないような組織風土を構築することが不可欠だ。 パワハラとは違い、カスハラは社外の人間が引き起こす問題であるため、企業側は予防や対策が難しい面がある。真にカスハラの根絶を目指すには消費者側の意識改革も必要である。ただ、法制化によって今度は消費者が声を上げにくくならないように注意しなくてはいけない。