関西の高校球児が持つ「関東の人間に負けてたまるか」という執念。二人の名将が感じた“東西の文化”の違い
関東の人間は勝負に対する執念深さに欠けている
小倉:自分も1985年に甲子園に出たときのキャプテンの寺島(一男)、エースの木島(強志。日産自動車)らが下級生だったときに、東洋大姫路に練習試合を申し込みました。試合が終わったあと、梅谷(馨)監督(2006年11月死去)に、「東京の学校との違い」について聞いたんです。すると梅谷監督から言われたのが、「関東の野球は小手先でサッとボールを捕りにいく野球だ。関西は1点を取るのにも執念がある。スクイズで取ると決めたら必ず決めるし、ボールをグラブにいったん収めたら絶対に離さない。それだけの執念がある」 たしかに一理あるんです。関東の人間は勝負に対する執念深さに欠けているのに対して、関西は「関東の人間に負けてたまるか」という強い気持ちを持っている。これって関東の人間からするとわからない感覚かもしれませんね。 前田:反対に関東の人間には、関西に対して幼い頃から「絶対に負けてたまるか」という気持ちが希薄なように感じる。そのあたりが大きく違う。難しいのは、関東に住んでいる親御さんが、わが子に対して幼少の頃から、「関西に負けるな」という意識を植えつけることがないこと。関西の人間は「東京に負けるな」と強い気持ちを持って対戦に臨んでくるけれども、東京の人間は「関西に負けるな」とは教えられていない。そのせいか、東京が大阪の学校に気持ちで勝つというのは、なかなか難しいものがある。 小倉:結局、技術以上に気持ちの部分って大事なんですよ。これは精神論になってしまいますが、「絶対に負けてなるものか」という強い気持ちを野球にぶつけていけるかどうかが、勝敗のポイントになる場合もあるんです。
全国の学校と練習試合を行う意味
前田:帝京が甲子園で勝てるようになってきた80年代後半あたりから、全国から招待試合の誘いが多くなった。北は北海道、南は九州まで、全国からお声をかけていただいて、本当にありがたいと思っていた。なぜなら全国の野球と対戦できるっていうことは、その土地その土地の戦い方、傾向のようなものがあって、それを知ることができるからなんです。 あるチームでは1、2番は足技を使ってクリーンナップで返すという野球をしているところもあれば、あるチームは上位から下位まで長打が期待できる打線でフルスイングしてきた。どの野球がいい悪いということではなくて、ありとあらゆる野球を知ることで自分たちのチームの経験値が上がって、それが勝負におけるケースバイケースでの対応につながっていっ たからね。 小倉:ひと口に全国と言っても広いですよね。関東の一部の強豪校とだけ練習試合をやっていれば力がつくというものでもないですし、自分たちが苦手だと思える試合運びをするような学校とも練習試合をすることで、おのずと腕が磨かれていく。これは選手の力量だけでなく、1試合のなかであらゆる状況を想定して練習試合を行うことで、スキルが身についていくものなんです。 前田:そう。だから1試合終わるだけで、知力、体力、判断力のそれぞれを普段の練習以上に発揮するから、試合が終わったあとは選手がみんなクタクタに疲れ切っているんだよね。